[さいごのかぎ]Townmemoryの研究ノート

創作物から得た着想を書き留めておくノートです。現在はTYPE-MOONを集中的に取り上げています。以前はうみねこのなく頃にを研究していました。

ep5初期推理その2・ノックス十戒と赤字への疑問

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ep5初期推理その2・ノックス十戒と赤字への疑問
 筆者-初出●Townmemory -(2009/08/22(Sat) 05:34:49)

 http://naderika.com/Cgi/mxisxi_index/link.cgi?bbs=u_No&mode=red&namber=31375&no=0 (ミラー
 Ep5当時に執筆されました]


●再掲にあたっての筆者注
 EP5を読み終えた、直後の考えを書き付けておくシリーズです。
 2回目です。前回→ ep5初期推理その1・俺男と僕男/逆トリック

 一連のシリーズのリンク。
 ep5初期推理その1・俺男と僕男/逆トリック
 ep5初期推理その2・ノックス十戒と赤字への疑問(当記事)
 ep5初期推理その3・新たな連続殺人者
 ep5初期推理その4・第一の晩
 ep5初期推理その5・第二の晩
 ep5初期推理その6・戦人の謎
 ep5初期推理その7・ノック問題
 ep5初期推理その8・赤で語るプレイヤーと赤い竜

 以下が本文です。


     ☆


●ベルンカステルの論法の欺瞞について

 ベルンカステルは、戦人の戦い方を評して「アンチファンタジー」だと言います。
 その上で、ファンタジーを殺すにはアンチファンタジーでは駄目だ。ミステリーでなければならない。そのように力強く主張します。
 自信たっぷりに、「ミステリーになれないオマエ、バーカバーカ」くらいの勢いでしたね。
 その勢いに、ラムダデルタが「そうよねー」みたいな形で乗っかるので、一見、その通りなのか? とこちらは思ってしまいます。

 けど、よく考えると変なんです。

「アンチファンタジーでは駄目だ。ミステリーでなければならない」とまでは言いますが、その後に続くべき「なぜなら」を彼女は言わない。
 力強く決めつけはするが、根拠は言わない。
 というか、根拠を言わずに済ませるために、あえて力強く決めつけたように見えるのです。

 ベルンカステルは、「未知の犯人Xや未知の薬物Yはノックス十戒に違反しているから、最初から考慮する必要がない」というようなことを断言します。
 でも、この事件がノックス十戒に準じているかどうかなんて誰にもわからないし、誰も保証していません。
 この発言をちょっと見ると、
「この事件はノックス十条の範囲内で行われている」
 という保証のように読めますが、でもよく考えたら、
「未知の犯人Xや未知の薬物Yはノックス十戒に違反しているから、最初から考慮する必要がない、“と私は見なす”
 という以上のことを、言ってはいません。

(この、“と私は見なす”は、これ以外のさまざまな謎にも通用するキーワードだと思えました。これ以後のエントリにも出てくる予定です)

 ここで彼女が言っているのは、「このゲームをミステリーだと見なし、私はミステリーの手法で解こうと思う」という、個人的な意志だけです。
「この事件がミステリー準拠であり、ミステリーの解法が有効であるという根拠」を、何一つ示していません。何の保証にもなっていません。

 ある殺人者がいたとして、彼もしくは彼女が、ミステリーのお約束を守らねばならない理由がいったいどこに?
 ミステリーのお約束に抵触しないような状況での犯行をあえて選ばねばならない必然性はどこに?

 彼女が言ってるのは、事実上、「現実は、フィクションの約束事に準ずるべきだ」というむちゃくちゃな主張です。

 これは一種のミスリードといって良いのではないかと思えます。
 この後、ミステリーのお約束「ノックス十戒」を文字通り伝家の宝刀として振り回す強力なキャラが出てきます。
 ベルンカステルのアンチファンタジー否定、ミステリー肯定発言があるために、ノックス十戒の有効性を疑いづらい下地が作られた。
 十戒にもとづく赤字が正当なもののように感じられる誘導がなされた。
 そういう感じがします。


●「ノックス十戒」を懐疑する

 まず、似たような例として「ベアトリーチェの密室定義」の話から。

 密室定義は、隠し扉の存在を否定します。その点、十戒に似ています。
 密室定義が宣言されるまでは、「犯人は未知の隠し扉から出入りしたんだ!」という青字推理が可能ですが、宣言以降は、隠し扉を使った推理はすべて無効になります。

 ところが「ノックス十戒」は、不思議なことに、
「この事件(この密室)は“ノックス十戒”に準ずる」
 という宣言が、一切ないにもかかわらず、有効であるかのように扱われます。

 このゲームが、ミステリーの約束に順ずるミステリー作品であるという提示がない。
 にも関わらず当然ノックス十戒が守られているという前提で話が進む。

 大まかに、ふたつ考え方があります。
「そういう前提で話が進んでいるのだから、このゲームはノックス十戒に準じているのだ」
 という考え方と、
「ノックス十戒とは無関係であるにもかかわらず、準じているかのように誤認させようとしている」
 という考え方です。

 わたしは、3:7くらいの確率で、後者が有望と見ます。

 ドラノール・A・ノックス(ロナルドの逆さ読みですね)が振り回す、ノックス十戒系の赤字は、極論すればすべて、
「私(ドラノール)は、この事件をノックス十戒に準じたものだと“個人的に見なす”
私が勝手に準じると見なしたノックス十戒に照らせば、隠し扉はないべきだ」
 というだけの、単なる個人的主張にすぎないと見ることができます。

 だから、ドラノールのノックス十戒系赤字は、
「俺はこの事件をノックス十戒に準じたものとは“見なさない”ッ!」
 と言うだけで、すべて迎撃できるはずです。

 つまり、
 合意が取られていないルールを大声で振りかざして、それが成立しているかのように振る舞っているだけなのではないか。
 例えるなら、アメリカ合衆国に行って、
「銃を持ってはなりませんッ! なぜなら、銃の所持は日本の法律では禁止されていますッ!!」
 と、大声で叫び続けている。そんな状態なのではないのか。


 いくつか具体例を挙げます。金蔵の書斎バトルからです。

「赤:ノックス第3条。秘密の通路の存在を禁ず。」

 ノックス第3条は、秘密の通路の存在を禁じていますから、命題としては真です(だから赤で言えます)。ですが、金蔵の書斎がノックス十戒に即しているかどうかは誰も知りません。
 だからここは、
「青:ノックス第3条は、秘密の通路の存在を禁じているが、そのことと金蔵の書斎とは何の関係もない」
 これでOKだと思うのです。
 単にベアトリーチェが、
「金蔵の書斎に秘密の通路が存在することを禁じられ、それに抵抗することができない」
 と、勝手に思いこんだだけだと思うのです。


「赤:この部屋に、隠し扉が存在することを許しマセン」

 ドラノールは、それを許さないという意志を持ってるのでしょうから、命題としては真です(だから赤で言えます)。
 これに対する答えは、
「青:ドラノールが許すか許さないかは、この書斎の現実とは何の関係もない。ドラノールの許可不許可に関わらず、隠し扉は存在しうる」
 でいいのでは?
「許されない」と力強く言われたから、ベアトリーチェがああ駄目なんだと納得してしまっただけでは?


「赤:繰り返しマス。神の名において、そのような薬も機械も存在させマセン。未来永劫、存在することも許しマセン」

 これも。ドラノールの「存在させないという意志」や「存在を許さないという意志」は、金蔵書斎の物理的現実に影響を与えない。


 例えるなら、こうです。
 明日は大事なデート。でも空は曇り模様だ。わたしはどうしても、雨が降って欲しくない。
 だからこう言います。
「明日、雨が降ることを許しマセン」
 けど、わたしが許すか許さないかに関わらず、雨は降りえます。


 これって、以下のような問いかけだと思うのです。

 偉そうな肩書きを持った、何だか偉そうな人物が、「許しマセン」と言ったら、ああ許されないのだなと納得して受け入れるのか?
 あなたの意志や、あなたの主張や、あなたの願いは、
「偉そうな肩書きを持った、何だか偉そうな人物」が、大きな声で、ダメッと言ったくらいのことで、ひっこめるような程度のものなのか?

 何が「真実」かは、あなたが決めるのではなく、偉そうな人物の大きな声が決めるのか?


 逆に言えば。
 こうなります。
「存在させないという意志」「存在を許さないという意志」をドラノールは主張し、押し通し、認めさせることで、
 彼女は、「金蔵の書斎に隠し扉は存在しない」という「真実」を、作り出してしまったのです。


●赤字懐疑論再び

「赤字というのは、叙述トリックというより、物理的な事実とは真っ向から異なることを言っているかもしれないよ」ということを、わたしはネットの虚空にときどきそっとささやくのですが、ep5では、ずいぶん赤字を疑いやすい環境が揃ってきたな、と感じます。

 どういうことをわたしがふだん言ってるのかを、カンタンに説明しますと、「6本めのマスターキーがある」「ep3の南條は(赤字で否定されてるにも関わらず)朱志香が殺した」「ep1の夏妃は(生存者全員のアリバイを赤字が保証しているにも関わらず)朱志香が殺した」とか、そういうことを悪魔のようにささやいています。

 ミもフタもない言い方をすると、こう。
「“妾が赤で語ることは全て真実”というベアトの主張は、わたしの真実とは何の関係もない」
 もうちょっとふみこんで極論すると、
「“赤字の全てが真実だとは、認めない”という意志を明言し、主張することで、“赤字は必ずしも真実でない”という“真実”を作りだそうとしているのがわたし」
 みたいなことにも、なりますね。後者はあまり、力強くやってはいないんですけど。


 わたしはある時期から、
「赤字にはウソが混じってる」
 という言い方を、やめました。その言い方には愛がないからです。

「赤字には、やさしい嘘が混じってる」
 これならば、わたしはOKです。

 戦人は、
「魔法ってのは、やさしい、嘘、なのか?」
 と尋ねて、ワルギリアはそれを否定しませんでした。


 ベアトリーチェの魔法は、やさしい真実を作るための優しい嘘なんだと、わたしは考えているのです。

 子供を喜ばせ祝福したい。だからプレゼントを枕元に置いて、いないサンタクロースをいるものとして“見なす”
 さくたろうとお話したくてたまらない。だから命を持たないぬいぐるみを、生きてお話ができるものと“見なす”
 金蔵翁の望みに応じてあげたい。だから使用人みんなが、六軒島の夜の主ベアトリーチェが本当にいるのだと“見なす”
 なんとしても夫の危機を救ってあげたい。だから使用人たちと協力して、金蔵翁がまだ生存しているのだと“見なす”

 それが、魔法で。
 魔法とは、愛をもって“見なす”ことで。
 愛がなければ、“見なさない”……見えない。

 そして、
 魔女を存在させるために、不可能現象を存在させるために、6本以上あるマスターキーを、5本しかないと“見なす”。

 これもまた、魔法だと、わたしは考えて良いと思っているのです。
 これを魔法だと“見なす”のならば、
「ベアトリーチェは、魔法で密室を作った」は、命題として真です。

“赤字は必ずしも真実でない”ことを認めてあげることで、逆説的に、この物語を、
「どうしても手に入れたい望みを、“真実”にするために、必死になっている、ひとりの人間の物語」
 と“見なして”あげることができるようになるのです。
 そして、その人物に、「その真実を手に入れる手段」を与えてあげられる。
 わたしは、密室の謎よりも、「望む真実を手に入れる方法」のほうが存在して欲しいと思いました。

     *

 さて、先ほど、
「“妾が赤で語ることは全て真実”というベアトの主張は、わたしの真実とは何の関係もない」
 と言いました。

 わたし(=Townmemory)の真実とは関係ありませんけど、戦人の真実とは大いに関係があります。
 なんでか。
 わたしは、「赤が真実のみを語る」とは認めていませんが、戦人は、認めたからです。
 ep2で、ベアトリーチェが「赤は真実のみを語る」というルールを提案したとき、戦人は、
「ようし乗ったぜ、受けてやるぞそのルールッ!!」
 と言っています。つまりこのルールに合意しています。「赤は真実のみを語る」ことを認め、承認しています

 たとえば、将棋のルールを熟知したベアトと、将棋をまったく知らない戦人が、将棋で対戦するとします。
 ベアトが、「妾は二歩ができるが、そなたは二歩をしてはならない。そういうルールだ」と、ウソっこを教えたとします。
 もし戦人がバカで、「そうなのかー」と納得し受け入れたとしたら、その場では、そのルールが適用され、それでゲームが進みます。ホントのルールがそんなんじゃないとか、そういうことは、この場では意味をなしません。

 それって、以下のようなことと、相似ではないでしょうか。
 ep5の、幻想大法廷にて、
 古戸ヱリカが「自分は一晩中、壁に耳を当てていとこ部屋を監視していた」という真実を「提案」し、
 ベルンカステルが、「午前3時以降、いとこ部屋には不審なことが一切なかった」と赤字で「承認」した。
 そのことによって、それは「真実」として通用するようになった。

 提案され、合意されたことは、真実となる。


 わたしは、
「赤は真実のみを語る」の「真実」とは、その場における合意のことである。
 だから実際の物理的事象と一致しなくてもかまわない。
 という説を提唱しています。これです↓
 なぜ戦人は赤字で「明日夢から生まれた」と言えないのか
 赤字の真偽と、「真実」の定義について

 そして、
「この物語は、“真実”という概念の正体を問うもの」
 という考え方で、うみねこを読んでいます。ここです↓
 赤字問題は「神」や「メディアリテラシー」に似ている


 ep5クライマックスの幻想大法廷のシーンで、
「この物語において、“真実”という言葉が、どういう概念で使われているか」
 が、かなり明らかになったと思うのです。

 あの幻想法廷における「真実」の定義とは、
「否定されなかった主張で、なおかつ、成立した対抗主張がないもの」
 くらいの感じじゃないでしょうか。

 夏妃は犯人ではないのに、夏妃犯人説が「真実」と呼ばれ、真実として通用するようなのです。
 ヱリカは、夏妃犯人説を主張し、細部にわたって検討された結果、否定されませんでした。
 それに対抗する戦人の対抗主張は、否定され、不成立となりました。

 ヱリカの主張は否定されず、対抗主張は不成立となったため、ヱリカの主張は真実であると“見なされ”ることに決まりました。

 ヱリカの主張が「ほんとの真実」であるかどうかは、問われないのです。
(というか、正確には、問う方法なんてない)
 真実とは、常に「我々はこれを真実と“見なす”が」という意味です。
 犯人ではない夏妃を、ヱリカが願望によって「犯人にしてしまう」のも、魔法です。だから彼女は、一時的に魔女の列に参加することを許された。

 ep2での、赤字のことも、これと同じだと思えるんです。

 ベアトリーチェは、「妾が赤にて語ったことは全て真実だ」と、主張しました。
 その主張は、戦人によって否定されませんでした。
 戦人は、「赤字は真実とはいえない」という対抗主張をしませんでした。むしろ「使用人を疑いたくないから、赤字が真実であり、マスターキーが5本までであってほしい」とすら願望したのです。

 これにより、「赤字に虚偽が混じっていたとしても、“赤で語られたことは真実だ”が、真実であると“見なされ”る」ようになった。それは唯一の真実として、通用するようになった。のだと思うのです。


 だから、ポイントは対抗主張なのです。
 ep5幻想大法廷において、オーラスで戦人は、「俺が犯人である」という対抗主張を提示しました。
 これは夏妃犯人説とは真っ向からぶつかるものです。
 戦人は人を殺していませんから、戦人犯人説は物理的な事実ではありません。
 けど、それは問題ではありません。

「戦人犯人説」は、検討された結果、否定されませんでした。つまり成立しました。
 ヱリカの夏妃犯人説も、否定されず成立してはいますが、同レベル以上に成立した戦人犯人説という対抗主張が存在する以上、「真実」の定義を満たしません。
 よって、ヱリカの夏妃犯人説は、真実ではなくなったのです。
(正確には、唯一の真実ではなくなり、採用されなくなった)

 ということは、
「赤で語られたことは必ず真実だ」という主張に対して、「赤で語られたことは必ずしも真実でない」という対抗主張をする者がいたら、それは唯一の真実としては通用しなくなります。
 ep2のあの段階で、戦人がそれをしていたらきっとよかった。
 でも、戦人はそれをしなかった。
 だから、彼の代わりに、遠くから、その対抗主張をしているのが、わたしです。
 そして、なんと、仮に「赤で語られたことが全部ホントにマジで真実だった」としても、そんなことは問題ではないのです。
 マスターキーが本当に5本しかなかったとしても、6本目の存在を真実にしてしまう方法を、わたしは実行しているのです。


 ネット上のいたるところで、何人かの人が、
「赤字を信じられないとしたら、真実を推理することなんてできない。だから信じる」
 というスタンスを表明しているのを見ます。

 でも、「真実」が、上で述べたような性質のものだとしたら、どうでしょう。


 戦人は、幻想法廷で、いみじくもこうつぶやいています。

「本当の真実なんて、存在するのか…? そしてそれは、必要なものなのか……?」


 前に書いたことを、もう一度。
 何が「真実」かは、あなたが決めるのではなく、ドラノールとかいう偉そうな人物の大きな声が決めるのか?

 真実は、あなたが決めるのではなく、ドレスの女の赤い文字が決めるのか?
 真実は、妾が決めるのではなく、冗談みたいな髪型をした赤いシャツの男が決めるのか?
 真実は、探偵気取りの女の子が決めるのか?
 真実は、裁判官気取りのピンクの魔女が決めるのか?

 つじつまの合ういくつもの真実の中から、あなたは何を選びたいか。

 それが問われており、それがこのゲームの「推理」だというふうに、わたしは理解しています。


 さて、ここまでの大量の赤字論議を、なんでわざわざ書き付けたかと言いますと、

 次以降のエントリで、「古戸ヱリカは犯人ではない」という赤字をガン無視して、「古戸ヱリカ犯人説」を検討していきたいからです。


 続きます。

 続き→ ep5初期推理その3・新たな連続殺人者

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