[さいごのかぎ]Townmemoryの研究ノート

創作物から得た着想を書き留めておくノートです。現在はTYPE-MOONを集中的に取り上げています。以前はうみねこのなく頃にを研究していました。

《森博嗣》オメガ城の惨劇の本当の真相(犀川創平はどこから来たのか)

 森博嗣《Gシリーズ》の最終巻『オメガ城の惨劇』(または『Ω城の惨劇』)が出た。この作品は1996年刊行の『すべてがFになる』に始まる犀川創平サーガ全体のしめくくりとなるものと思われる。

 が、内容的には、グランドフィナーレという感じにはなっていなかった。くわえて、新書での初版時には、これがGシリーズに属するものとはアナウンスされておらず、読者には外伝的な作品だと思われていた。文庫版出版時に初めて「Gシリーズ最終刊」と銘打たれたので、「え、これで終わり?」と肩すかしをくった人も多かったはずだ。私もその一人です。

 が、フィナーレだと思ってよくよく読んでみると、シリーズ全体を貫く、きわめて重要な謎解きがなされていて、ああ、ここでピリオドを打つのは納得だ、と腹に落ちるように書かれていた。ただ、そのように腹落ちするためには、いろいろとややこしい経路をたどらねばならないので、難しい。

 本稿は、その「いろいろとややこしい経路」をたどってみるという趣旨である。当然のことながら、森博嗣の作品の内容を(特に大ネタを)記述することになるので、そのつもりで各自ご対応下さい。
 また森博嗣ほか関連人物については敬称を略すが、森博嗣の奥様については、敬称略とすることに強い違和感があるため例外的に「ささきすばる氏」とする。


■犀川創平サーガとは

 私が本稿で便宜的に「犀川創平サーガ」(といえるのかどうか微妙だけど)と呼んでいるのは、《S&Mシリーズ》《Vシリーズ》《Gシリーズ》の三系統です。

 S&Mシリーズは90年代を舞台に、学者にして探偵役の犀川創平を主人公とする。Vシリーズは70年代を舞台とし、犀川創平の母親・瀬在丸紅子を探偵役とする。そしてGシリーズは現代と未来を舞台にしており、おもに犀川創平の弟子筋が探偵役となる。発表はこの順だ。この三シリーズは、犀川創平を中心としたクロニクルになっているといえる。

 この中で私が重視するのは《Vシリーズ》です。


■Vシリーズのキャラクタ配置

 前述したようにVシリーズは70年代の物語。子持ちで素寒貧のお嬢様・瀬在丸紅子、私立探偵・保呂草潤平、医学部生・小鳥遊練無、文芸学科生・香具山紫子の四名が、事件に巻き込まれたり、自分で巻き込まれにいったりして、何らかの解決をみるというミステリィです。
 探偵役の瀬在丸紅子には「へっ君」という息子がおり、これが後の犀川創平です。保呂草潤平は私立探偵ではあるが、物語の探偵役ではないという点がひねりになっています。

 この四名のキャラクタに与えられた属性と、その配置が、読み方によっては極めて興味深いものになる。以下、簡単にまとめてみる。

 まず探偵役・瀬在丸紅子だが、この人物はそもそも森博嗣の奥様ささきすばる氏が同人で描いていた漫画の主人公だ。奥様のキャラクタを森博嗣が借り受けて小説に仕立てている。
(と、森博嗣のエッセィのどれかに書いてあったはずだ。あとで探しておく)

 保呂草潤平はハンサムな私立探偵。瀬在丸紅子にまわりくどい好意を寄せているが、最終的には彼女の元を去る。

 小鳥遊練無は女装趣味のある大学生で(おそらくピンクハウス)、顔立ちが女性的。女装したらまず男性とは見抜かれない。瀬在丸紅子に憧れを抱いている。のちに紫子と結婚する。

 香具山紫子は大阪出身で名古屋(那古野)の大学に通っている女子大生。関西弁。ミステリィ小説の読者。保呂草に憧れている。探偵にも憧れている。のちに練無と結婚する。


 さて。このデコボコしたカルテットのキャラクタ配置に特定の意味を見いだすためには、もう少しセッティングを続けなければならない。もう少し辛抱して下さい。最初に部品を並べて、あとで組み立てます。


■ささきすばるとデイヴィッド・ハンドラー

 この話を続けるためには、森博嗣と、その奥様でイラストレータのささきすばる氏に触れないといけない。

 森博嗣は80年代初頭にオリジナル同人作家をやっており、中部地方の同人誌界の大物で、同人即売会コミックカーニバル(コミカ)の中心人物をしていた。ささきすばる氏は大阪で同じように同人で漫画を描いており、それで知り合って結婚なさった。
 ささきすばる氏が大阪育ちというのがポイントで、森博嗣がエッセィで記述するささきすばる氏のセリフは今も主に関西弁だ。
 森博嗣は三重大学の助手になり、ささきすばる氏はそこについていき、森博嗣が名古屋大学に助教授として転任するにあたり、同様に奥様も名古屋に行かれた。

 当時の森博嗣がどんな風貌であったかについては、以下の証言がある。

 森はね、国立N大学とかいう聞いたことない学校の2年生だったんだよね。描いている漫画見て、てっきり女の人だと思い込んでいたけど、会っても男の人だと気づかなかった、しばらく。(中略)で、男の人ってことで。結婚することになった。

ささきすばる『森の日常』(『森博嗣のミステリィ工作室』所収・講談社)※下線は引用者


「久しぶりだねえ」「新歓コンパくらい顔を出せよ」「うちの同人誌の原稿もちゃんと入れてね」と、ひとしきり先輩達と話した後、ぼくらぺーぺーのところへやってきた彼は、ぼくの想像とはまるで違う、小柄でおかっぱ頭の、女の子のような格好をしたカワイイお兄ちゃんだった。(中略)それが当時、同人誌界では知らぬ者のないコミカのドン、森博嗣先輩その人であった。

荻野真『人間離れした、おかっぱ頭のカワイイお兄ちゃん』(『森博嗣のミステリィ工作室』所収・講談社)
※下線は引用者


 ささきすばる氏は「初めて会ったとき、女性だと勘違いした」という趣旨であり、『孔雀王』の荻野真は、「おかっぱ頭で、女の子のような格好をしていた」と述べる。

 そして森は、名大の助教授時代に小説を書き始める。初めて書くにあたって何を参考にしたのか。

 森博嗣はたまにさりげなくハードボイルド小説へのシンパシーを述べる。「非常に好きなフィーリング」だという。好きなハードボイルド作家はデイヴィッド・ハンドラーで、「数ある探偵物語のなかで、ホーギーほど格好の良い主人公は見たことがない」とする。きわめつけには、小説を書くにあたって、「最初にお手本にしようと思ったのがデイヴィッド・ハンドラーだった」と告白し、「すっかり真似て、自分では「そっくりだ」と思っている」というのだ。(かぎ括弧内は『100人の森博嗣』・メディアファクトリー刊)
 そうして書かれたのが『冷たい密室と博士たち』から始まる(誤記ではない)『S&Mシリーズ』。つまり犀川創平クロニクルはハンドラーとその主人公ホーギーを祖型にもっている。


■工学部・水柿助教授の日常

 このあたりから、謎解きに入ります。

 森博嗣に『工学部・水柿助教授』シリーズという作品群がある。主人公は水柿助教授と奥様の須磨子さん。明らかに森博嗣とささきすばる氏をモデルにしたキャラクタだ。作中、水柿は三重県のM大学(三重大学)で助手を務め、のちに愛知のN大学(名古屋大学)で助教授になる。そして小説を書き始める。

 水柿助教授は奥様のために小説を書くのだが、奥様のほうはできあがった作品がいまひとつ気に入らない。水柿は気に入ってもらえない理由をこう分析する。

 

 彼女はミステリィが大好きで、自分の夫に、それを書くようにすすめた。
 夫は、意外にもあっさり、それを実現させてしまった。ところが、一つだけ、彼女が期待していなかったことがあったのだ。
 それは、小説の中に登場するヒロインが、彼女自身とはあまり共通点のないキャラクタだったこと。夫が創造した人物である。そこには作者の理想が入るはずだ。夫の理想の女性が、自分とはまったく似ていない。風貌、履歴、思考、性格、仕草、どれも、思い当たる節がなかった。それが、気に入らなかったのではないか。
 彼女なりに、無意識のうちに、期待していたイメージがあったにちがいない。つまり、ミステリィというバーチャル空間の中で、事件を解決する探偵として、そうでなくとも、縦横無尽に活躍できる探偵の助手として、という夢である。

森博嗣『工学部・水柿助教授の逡巡』幻冬舎※下線は引用者


 これは、水柿助教授という作中の人物が、同じく作中の人物である須磨子さんに対して感じたことを書いているのだが、これと全く同じことが森博嗣とささきすばる氏の間に起こったようだ。何故そう言えるのかというと、森博嗣がエッセィでこれと全く同じ体験を書いているからだ。
(注:これは私の記憶に基づく。どのエッセィだったかは後で調べます)

 ささきすばる氏はミステリィの読者だった。そして娘さんは赤川次郎を読んでいた。そこで森博嗣は「お父さんのほうが面白いものが書ける」と見栄を張った。それで書かれたのがS&Mシリーズである、というのが森博嗣デビューのきっかけだ。しかしささきすばる氏は作品に対して首をひねるばかり。なぜなら自分が作中に登場したかったからだ。

 さて、ここからが推理。

 そういう経験を経て、おそらく森博嗣は、「すばる氏はそういうニーズを持っていたのか」ということを認知した。

 森博嗣は奥様に恩義を感じているし、もちろん大切に思っているので、そのニーズを満たしてあげたいと思ったはずだ。
 なので、S&Mシリーズが終わって、次なるVシリーズを構想するとき、「ここにメインキャラクタとしてささきすばる氏を入れてあげよう」と考える。

 そして実際にすばる氏を作中に登場させたのである……というのがこの話のメインアイデア(仮説)。


■奥様へのラブレター

 前述の通り、Vシリーズのメインキャラクタは、瀬在丸紅子、保呂草潤平、小鳥遊練無、香具山紫子の四名。
 この四名をもう一度簡単にまとめると、

  •  瀬在丸紅子:ささきすばる氏が創造したキャタクタ。
  •  保呂草潤平:ワイルドでハンサムな探偵。
  •  小鳥遊練無:少女にしか見えないピンクハウス系男子。
  •  香具山紫子:大阪出身。関西弁でミステリィ読み。

 

 このリストに「森博嗣」と「ささきすばる」を足すとこうなる。

 

  •  森博嗣:女性的な服を着て、女性と間違えられる。ハンドラーの探偵が好き。
  •  ささきすばる:瀬在丸紅子の創造者。大阪人で関西弁のミステリィ読み。

 

 これをもっと恣意的に並べ直すとこうなるのです。

 

  •  瀬在丸紅子:ささきすばる氏が創造したキャタクタ。
     ささきすばる:瀬在丸紅子の創造者。
  •  保呂草潤平:ワイルドでハンサムな探偵。
     森博嗣:ハンドラーの作品とその主人公探偵を自作の祖型にしている。

  •  小鳥遊練無:少女にしか見えないピンクハウス系男子。
     森博嗣:女の子のような服を着て、女性と間違えられる人物。

  •  香具山紫子:大阪出身。関西弁でミステリィ読み。
     ささきすばる:大阪出身。関西弁でミステリィ読み。


 ほのめかしをやめて、はっきり書くならば、Vシリーズのメインキャラクタ四名は以下に示すような構成になっている。

 

  •  瀬在丸紅子:ささきすばる氏が理想とするささきすばる。
  •  保呂草潤平:森博嗣が理想とする森博嗣。
  •  小鳥遊練無:現実の森博嗣。
  •  香具山紫子:現実のささきすばる氏。

 

 そしてVシリーズは、小鳥遊練無が瀬在丸紅子に憧れ、香具山紫子が保呂草潤平に憧れ、最終的には小鳥遊練無と香具山紫子が結ばれる話なので、

「現実の森博嗣が理想のささきすばる氏に憧れ、現実のささきすばる氏が理想の森博嗣に憧れ、最終的には現実の森博嗣と現実のささきすばる氏が結ばれる」

 なんという大がかりなラブレターだ! という……そんな構造が浮かび上がってくるのです。

 前節で引用した『工学部・水柿助教授の日常』の一部分に、須磨子さんが水柿の小説に不満を持った理由が書いてありました。要約すれば、「小説のヒロインは、作者(夫)の理想の女性像であるはずだ。その理想像が、妻である自分と似ても似つかないとはけしからん!」。

 

そこには作者の理想が入るはずだ。夫の理想の女性が、自分とはまったく似ていない。

森博嗣『工学部・水柿助教授の逡巡』幻冬舎※下線は引用者

 

 だから森博嗣は、ささきすばる氏が自分で描いた理想の自分像・瀬在丸紅子を「理想のヒロイン像」として作中に置き、理想の森博嗣と現実の森博嗣の両方が彼女に惹かれてどうしようもないという構図を作った。
(※断定調に書いてはいますが仮説です)


 ひとつ余談を述べておくと、小鳥遊練無のモデルは森博嗣ファンクラブの初代会長・高坂れんむ氏ではないかということが、一般的には言われています。「たかなしねりな」と「たかさかれんむ」ですもんね。名前がそこ由来なのは間違いないところでしょう。

 でも、作中に出たがっている奥様を出さずに、ファンを出すというのはいまひとつ間尺に合いません。
 だから、高坂れんむ氏をモデルにしたキャラクタがVシリーズに出ているのなら、ささきすばる氏をモデルにしたキャラクタも同時に出ていなければおかしいのです。

 そして、小鳥遊練無を高坂れんむ氏のもじりにすると、作者にとってきわめて重要な効果が発生します。

 それは、読者が小鳥遊練無を「これは高坂れんむ氏だ」と思いこみ、その「真相」に満足するので、「小鳥遊練無のモデルは森博嗣だ」という上位真相に到達することがなくなるという効能です。
 デコイの結論を置き石しておいて、ほんとの真相は二重底の中にあるというのは、ミステリィの基本のかたちです。

 森博嗣がピンクハウス/カールヘルム系の服飾が好きな、女の子っぽい人物であることは界隈では周知なので(たぶん)、「高坂れんむ氏」という置き石がなかったら、読者は容易に「森博嗣モデル説」に到達してしまっていたでしょう。それは森博嗣がどうしても避けたいことだったにちがいありません。

 なぜって、そこから芋づる式に、キャラクターの配置構造がめくれてしまい、これが奥様への壮大なラブレターであるということが明らかになってしまうからです(!)


 さて……以上のことがすべて前置き。ここでようやく『オメガ城の惨劇』の話になります。『オメガ城の惨劇』で描かれた、シリーズ全体を貫く重要な謎解きとは何か。


■犀川創平の精神的な父親

 それはもちろん、この部分。

 

「あぁ……、失礼、ごめんなさいね。(略)いえ、あの方は、ソウヘイさんではありません。私がいけなかったのね、代理を頼んでしまい、名前を使うことを許可いたしましたの。(略)ソウヘイさんよりは、ずっと、えっと……、十七かしら、それくらい上なんですよ。ですから、ソウヘイさんは、あの方のような、おじいさんじゃありません。もっとね、ずっとハンサムなのよ。
(中略)
もともと、ソウヘイさんが子供の頃に、ずいぶん可愛がって下さったんです。だから、あの方のなにかしらのものが、ソウヘイさんに受け継がれているのは、ええ、本当なんですよ。たとえば、ポーカ・フェイスのところとか、人にわからないジョークを言ったりとか……」

森博嗣『オメガ城の惨劇』講談社ノベルズ版※下線は引用者


『オメガ城の惨劇』には「サイカワ・ソウヘイ」なる人物が全編にわたって登場する。主人公ミヤチ・ノエミはサイカワに憧れを抱いており、彼のことをもっと知りたいと思う。物語の末尾、事件が終わった後、「セザイマル・ベニコ」という人物から連絡が来て、「あなたがサイカワ・ソウヘイだと思っている人物はサイカワ本人ではないのだ」という真相を明かす……。という場面です。

 実は『オメガ城の惨劇』に登場するサイカワ・ソウヘイは犀川創平本人ではなく、彼の名を騙った保呂草潤平だった。
 しかし読者は、保呂草潤平の言動を見て、犀川創平のそれだと思って疑わない。それは何故か。

 その理由は、犀川創平という人格が、保呂草潤平の強い影響のもとで形成されたからなのである……というのが、この作品のヘソです。
(ここで、「作品とは哺乳類だったのですね、驚きです」みたいな混ぜ返しを入れると森博嗣ふうになる)

 犀川創平は12歳のとき、まだ瀬在丸創平だったころに、28歳か29歳の保呂草潤平に遊んでもらったり、話をきいてもらったりと世話になっていて、その際に強力な人格的影響を受けた。
 犀川創平と保呂草潤平のあいだには、極めてわかりづらいジョークのセンスや、非常に抑制された感情表現や、乾いた態度など、共通点が多々ある。

 それは実は、保呂草潤平が与え、犀川創平が受け取ったスタイルだったのであるという真相解明なのですね。

 私はこの部分を見て、犀川創平がこの作品には一切登場しないにも関わらず「ああ、この物語は犀川創平クロニクルのフィナーレにふさわしい」と感じることができました。ではなぜそう思うのか。

 犀川創平はシングルマザー瀬在丸紅子の一人息子です。

 そしていま、犀川創平は保呂草潤平の精神的な息子であることが判明したのです。

 Vシリーズにおいて、理想のささきすばる氏と理想の森博嗣は結ばれることはなかった。しかし、理想のささきすばる氏からハードウェアを、理想の森博嗣からソフトウェアを受け継いだ人物は発生したのです。


■真相

『オメガ城の惨劇』で描かれた「真相」とは。

「犀川創平とは、どこから来た何者なのか」
 という、見えない問いへの答えだった。

『冷たい密室と博士たち』から始まる(繰り返すが誤記ではない)犀川創平クロニクルの中心人物、犀川創平とは誰なのか。

 それは遺伝子的には瀬在丸紅子から来て、精神的には保呂草潤平から来た。
 仮説の中にしか存在しない、理想のささきすばる氏と理想の森博嗣の間の子供だった。

 それは、《S&Mシリーズ》《Vシリーズ》《Gシリーズ》を貫く、最も大きな真相解明だ。
 なぜ森博嗣は小説を書き始めたのかという謎に対する究極の答えだ。

 だから全ての物語の最後に来て、これをもって物語は終わるのだ。

 というのが、私の書く解答です。以上です。


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FGO: What Is Rayshift? (A Current Summary)

FGO: What Is Rayshift? (A Current Summary)

[さいごのかぎ] Townmemory's Research Notes Author: Townmemory / First draft: May 24, 2025 [Based on information up through Lostbelt No. 4]

Translator's note: This article is an English translation of a piece originally written in Japanese in May 2025. It is based on information available up through Lostbelt No. 4. Some statements may have been superseded or weakened by subsequent revelations; however, we have chosen to preserve them as written, as we believe it is valuable to show how far the reasoning could reach at the time. The translation was produced with the assistance of AI. The URL of the original Japanese text is as follows: https://penultimatekey.hatenablog.com/entry/2025/05/24/082754


FGO features a mysterious technology called "Rayshift." In a nutshell, it sends a human being instantaneously to a specific location in the past or future. Essentially a time machine.

I've worked through my own understanding of the underlying logic to a point where it feels satisfying enough, so I'm writing it up here.

A related earlier article of mine can be found here: FGO: Continued — Displacement Magic (We Who Become Probabilistic)


■ And Yet, Past-Fujimaru Isn't in the Singularity

Based on how Rayshift is depicted in the story, the procedure goes something like this:

1) Fujimaru is put into a Coffin. 2) Fujimaru undergoes spirit particle conversion (exact nature unclear). 3) Some kind of tunnel-rush effect happens, and Fujimaru appears at a specific time and place.

Just looking at the description, it seems like: "The person inside the Coffin is converted into a state that allows transmission to a different spacetime, and then transmitted." Like the transporter in Star Trek. Or the matter transmitter in The Fly (though I wonder how many readers that reference still reaches).

However, when you sort through the finer details given in-story, it seems like the SF-movie approach — "break the human into tiny particles, blow them through a straw to the destination, and reconstruct the body on-site" — is not what's happening. Because Morgan says: "What can be sent via Rayshift is information only."

(Morgan) What can be sent via Rayshift is information only. A real human in a Coffin is converted into an information body — pseudo-spirit-particlized — and transferred to the Singularity. It is a well-crafted magical theory, made possible precisely because the Singularity is not normal spacetime.

— Fate/Grand Order, Avalon le Fae, Section 21

Since she explicitly says "information only," we can understand that no physical body — such as Fujimaru's actual flesh — moves at all during Rayshift.

Morgan, in Part 2 Chapter 6 (Avalon le Fae), performed a Rayshift to fly to the past of the Lostbelt Britain.

Morgan sent her own information into the past. As a result, past Morgan within the Lostbelt had current Morgan's memories, information, and emotions entirely overwritten onto her. (Current Morgan, we are told, dissipated and vanished.)

Rayshift can only move a person's "information." It cannot transport a person's physical body to the destination as-is.

However: if one's past self exists at the destination, that past self can serve as the "physical body," making it possible to Rayshift there (send out information and overwrite it).

So what about Fujimaru?

The Singularities that Fujimaru Rayshifts to — ancient Rome, ancient Mesopotamia, and so on — contain no past Fujimaru to serve as a physical body.

So then: where does the body of Fujimaru, who is active and present in the Singularity, come from?

  • Rayshift can only transmit information. (Fact)
  • When Rayshifting a person, that person must already be present at the destination for Rayshift to be possible. (Speculative)
  • If one's past self exists in the past world, that past self can serve as a vessel for the information, enabling Rayshift. (Fact)
  • Past Fujimaru shouldn't exist in ancient Rome, yet Fujimaru can Rayshift to ancient Rome. (Fact)

The first three points and the last one are contradictory.

Following the logic, to Rayshift Fujimaru to ancient Rome, either:

a) Rayshift is actually capable of transmitting physical bodies, not just information,

or

b) Fujimaru actually exists in ancient Rome.

One of these conditions must hold. And between them, "Fujimaru exists in ancient Rome" seems far more interesting.


■ Professor Schrödinger, Once Again

Common sense tells us that a present-day Fujimaru cannot exist in ancient Rome — but the FGO worldview features "magic" and "true magic" that overturn common sense wholesale.

Among such suspicious sorceries, what we need is one that can forcibly make Fujimaru's body exist in ancient Rome.

The device used to make that existence happen, I propose, is the "Coffin."

Coffin means casket — a box. A person enters it, it activates, and the contents become completely unobservable from outside.

A box whose contents are completely unobservable from outside — there is only one thing that brings to mind: the box containing Schrödinger's Cat.

You place a cat in a box that is completely unobservable from outside. The box has a switch that has a 50% chance of filling it with lethal gas. You press the switch. The lid stays closed.

In this unobservable box, there is a 50% chance of a living cat and a 50% chance of a dead cat.

Common sense says: "One or the other is in there — we just can't tell from outside."

But quantum mechanics says: "No."

"The cat's state is still probabilistic; it has not yet been determined." "In this box, both a living cat and a dead cat exist in superposition."

Remarkable, isn't it?

But there's only one cat. Two cats don't come out. When you open the box, there's either one living cat or one dead cat. So when is that determined?

"It is determined the moment someone opens the box and observes the cat's state." "The act of observation is what determines it."

This is a rather distorted reading far from actual science, but taking it to an extreme: the cat wasn't killed by the gas. The culprit of the cat's death is "the observer," and the cause of death is "observation."

The cat was alive. Not because the gas didn't release — but because "a living cat was observed."

Now: the Coffin is a box unobservable from outside, and Fujimaru is the living cat (cute). Fujimaru is placed in the Coffin.

There's no gas device, so we need not ask whether Fujimaru is alive or dead. But consider reframing it this way:

"Because the Coffin is unobservable from outside, we cannot know whether Fujimaru is really in there or not."

After all, in magic tricks and mystery novels, putting a person in a box and opening it to find no one there is entirely commonplace. If it can happen in the world of stage magic, can it really not happen with magecraft (magic) or true magic?

This means: inside the Coffin, there is a 50% chance that Fujimaru is not there, and a 50% chance that Fujimaru is there — two possibilities overlapping inside the box. Neither has been determined yet... or rather, since "both are present," the question of which one holds is invalid.

We just put Fujimaru in the Coffin, yet through the sleight-of-hand of logic and magecraft, we have generated a 50% possibility that "Fujimaru is not in here." Remarkable.

If Fujimaru is not in the Coffin, then where is Fujimaru?

A magic trick where a person disappears from a box — where did the person go? The most unambiguous answer is "somewhere in all the world except the box."

So where has the Fujimaru who is not in the Coffin gone? "Somewhere in all the world except the Coffin." If there is a 50% chance that Fujimaru is not in the Coffin, then there is a 50% chance that Fujimaru is somewhere in all the world except the Coffin.

And here's the thing: we want to find Fujimaru not just "somewhere in the world," but specifically at a particular Singularity.


■ Observation Creates Reality

Say we want to Rayshift Fujimaru to ancient Rome. First, put Fujimaru in the Coffin and create the state: "Fujimaru might not be in here."

Next, generate the reality: "Fujimaru might be somewhere in the world except the Coffin — specifically, in ancient Rome."

We established: "The reason the cat is alive is that a living cat was observed."

Extending this:

"If Fujimaru is in ancient Rome, the reason is that Fujimaru was observed in ancient Rome."

Chaldea has Chaldeas and Sheba — remarkably precise instruments that can scan any specific location on Earth. Using these, combined with some further suspicious magecraft:

Let us absolutely find Fujimaru in ancient Rome.

Then the reality that Fujimaru's body exists in ancient Rome comes into being.

Fujimaru has disappeared from the Coffin, so Fujimaru must definitely be somewhere in the world. If Fujimaru is definitely somewhere in the world, then there is some possibility that Fujimaru is in ancient Rome among those locations. That small possibility is raised to 100% through magecraft or true magic.

In the framework of this article, "observation determines reality," so anything that could be observed absolutely exists there. Common sense says: "Fujimaru is there (cause), therefore Fujimaru can be observed there (effect)." But if you hammer quantum-mechanical ideas into service with sheer brute force: "If you magically observe what you wish there (cause), what you wished for begins to exist there (effect)" — the relationship inverts.

As I've noted in other articles, this is remarkably similar to Gáe Bolg — "the result of hitting is caused first, and then the spear is thrown."

Fujimaru's body has now come to exist in ancient Rome. From there, nothing is difficult. Wherever a body exists to serve as a vessel for information, Rayshift is possible. Fujimaru's information is transmitted toward Fujimaru's body in ancient Rome. The body then becomes inhabited by Fujimaru's current memories, knowledge, and emotions — and Fujimaru can operate in ancient Rome as a physical presence.

One question arises: "Since the Fujimaru who disappeared from the Coffin shows up in ancient Rome, isn't transmitting the information unnecessary? The missing person appears there, right?" — Probably the transmission is still necessary.

For instance: "The Fujimaru observed in ancient Rome right now is not necessarily the Fujimaru who just entered the Coffin."

Fujimaru has entered the Coffin dozens of times. The Fujimaru found in ancient Rome might be the Fujimaru who entered the Coffin on a past Rayshift — or the Fujimaru who will enter the Coffin on a future one. But the Fujimaru we want in ancient Rome is the one who entered just now, so we transmit the current Fujimaru's information and overwrite. Regardless of which temporal Fujimaru is physically present in ancient Rome, after overwriting, the one there is the current Fujimaru.


■ Proof of Existence

Official supplementary materials contain the following:

The concept is that Masters are sent to various eras via Rayshift, but in practice they are converted into spirit-particle data and "projected/observed."

— MOONLIGHT/LOSTROOM material, p.11 (appendix to Fate/Grand Order MOONLIGHT/LOSTROOM)

The word "observed" appears here. This article's proposal is "Fujimaru is made to exist through observation, and then current Fujimaru's data is projected there" — which is consistent with the official explanation.

Incidentally, during Rayshifts in-story, the operator (often Mash) says things like "Establishing and maintaining Proof of Existence — focusing now." That's quite striking.

In the Rayshift framework proposed here, Fujimaru — who can only be located probabilistically — is being forcibly made to exist through the act of observation. As long as a living Fujimaru at that location is being observed, Fujimaru can continue to exist there. The moment observation ceases, Fujimaru reverts to "something only graspable probabilistically" — meaning Fujimaru can no longer maintain existence and vanishes.

After all, the probability that Fujimaru disappeared from the Coffin is only 50%, so the probability of Fujimaru being at a specific location in a Singularity is also at most 50%. The thing raising that to 100% is "the act of observation" — so if the observation is interrupted for any reason, it becomes catastrophic. Therefore, once Fujimaru is Rayshifted, one must firmly maintain the fact that "Fujimaru exists at the destination" through continuous observation.

Calling that the "Proof of Existence" seems fairly consistent.

An alternative reading: "Proof of Existence" might refer to the task of concealing from the world that Fujimaru has vanished from the present. The MOONLIGHT/LOSTROOM glossary entry on Rayshift says:

The deviation in history and causality caused by the Master's absence is calculated, a provisional formula is applied, and history is properly corrected.

— MOONLIGHT/LOSTROOM material, p.11

Calling that "Proof of Existence" wouldn't feel out of place either.


■ Singularities Are Easy to Rayshift To

However, this proposal has a major problem.

Fujimaru is a modern person, so Fujimaru absolutely cannot have been born in ancient Rome's era. Therefore, the probability of Fujimaru being observed in ancient Rome is zero percent. No matter how hard you look, Fujimaru absolutely cannot be found there.

The setting that resolves this problem is: "Rayshift is in principle only possible to Singularities." (I believe this setting exists somewhere, though I can't find the exact source right now. Fujimaru in principle only Rayshifts to Singularities, right?)

A Singularity is like a floating island cut off from the flow of history, where consistency with surrounding eras is completely ignored, and things that absolutely could not happen in that era and region happen without issue. Ancient Celtic armies in Revolutionary-era North America!

In an ancient Rome where the rules say historical consistency with the surrounding eras can be completely ignored, a present-day Fujimaru is allowed to exist — so Fujimaru can be found with Sheba's scan.

As already quoted, Morgan evaluates Rayshift thus:

(Morgan) It is a well-crafted magical theory, made possible precisely because the Singularity is not normal spacetime.

— Fate/Grand Order, Avalon le Fae, Section 21

This seems to be saying roughly: "In a vague and undefined place like a Singularity, anything can exist, so anything can be sent there." It follows that even a Fujimaru who shouldn't originally exist in that spacetime can be there without issue.


■ The Body Is There on the Way Back

When Fujimaru finishes work in a Singularity and returns to Chaldea, the return trip works in reverse.

Inside the Coffin, Fujimaru is there or not — fifty-fifty. Turn the dial (or whatever the mechanism is) and activate the "Fujimaru is in the Coffin" side.

Simultaneously, retrieve Fujimaru's information from the Singularity's Fujimaru. Re-overwrite that information onto the Coffin-Fujimaru's body. Done.

From the perspective of the Fujimaru in the Singularity, this is a Morgan-style Rayshift directed at one's own body in Chaldea. Therefore, the Singularity Fujimaru's body — the one not in the Coffin — dissipates (vanishes), just as Morgan did.

To make something exist at the Rayshift destination, it must become absent at the original location. Therefore the original-location version is forcibly made absent = dissipates. Original Morgan dissipates when she Rayshifts, and Singularity Fujimaru dissipates when Rayshifting back to Chaldea. That's my understanding.

In summary, the Coffin's role is to put Fujimaru's body into an ambiguous state of: "Has it vanished...? Or is it still in here...? Which is it~?"

While Fujimaru is on assignment in a Singularity: "The Coffin-Fujimaru might have vanished. In that case, let's go with vanished — being in the Singularity is fine!"

When Fujimaru returns from Singularity to Chaldea: "The Fujimaru we thought had vanished actually hadn't, so Fujimaru can return to the body in the Coffin. Return successful!" — a conveniently flexible judgment.

The Coffin's purposes are twofold (in this article's hypothesis):

  1. To enable Fujimaru's body to be found at the Rayshift destination (by pseudo-annihilating the present Fujimaru).
  2. To preserve Fujimaru's body so Fujimaru can return from the Singularity.

Therefore, if one already knows their own body definitely exists at the destination, a Coffin isn't needed. If not returning to real-time real-space is acceptable, a Coffin also isn't needed.

Hence Morgan — who knew she herself would be at the destination and would return to the present after living 6,000 years — had no need for a Coffin.


● One Million Superimposed Fujimarous

There's the established idea that Fujimaru has a 100% Rayshift success rate — quite the extraordinary feat.

In the earlier article linked at the start of this piece, I discussed why Fujimaru is so exceptional. It may be because Fujimaru is a superimposed state in which a huge number of us FGO players are packed into a single body.

These figures are from one to two years ago, but FGO reportedly has an estimated roughly one million monthly active users. The number may have dropped somewhat by now, but we can reasonably say there are about one million Fujimarous in the world.

Fujimaru is one person — and yet this one Fujimaru is a multiple-superimposed existence of one million Fujimarous overlaid.

You put a cat in a box and press the button, and the cat becomes a multiple superimposed existence of living-cat and dead-cat. Likewise, Fujimaru is a multiple superimposed existence of players number 0000001 through 1000000 — one million variants overlaid.

Put Fujimaru in the Coffin and close the lid: the probability that Fujimaru is in the Coffin is 50%. (Writing it out, that's quite a statement.)

But if Fujimaru consists of one million superimposed variants, that 50% is not just any 50% — it can be expressed as:

50% ÷ 1,000,000 × 1,000,000

That is: there's a 0.00005% chance that "Fujimaru #0000001" is in there. A 0.00005% chance that "Fujimaru #0000002" is in there. A 0.00005% chance for Fujimaru #0000003... and so on a million times.

And since the probability that Fujimaru is "not in" the Coffin is also 50% — in other words, the probability that Fujimaru is in some Singularity (other than the Coffin) — is also 50%:

There's a 0.00005% chance that "Fujimaru #0000001" is in some Singularity. (abridged) ...There's a 0.00005% chance that "Fujimaru #1000000" is in some Singularity.

In other words: lock Fujimaru in the Coffin and render existence/non-existence unverifiable — and Fujimaru becomes a person who thinly permeates all spacetime, potentially present everywhere simultaneously.

A person who can potentially be present throughout all spacetime would be remarkably easy to observe at a specific Singularity. With an ordinary human, you'd be working with: "Somewhere across the vast span of human history, in one of the countless Singularities large and small, this one person exists with 50% probability" — observation would be virtually impossible. In that case the Rayshift success rate would likely be nearly zero.

That, I propose, may be the true nature of Fujimaru's 100% Rayshift success rate.


■ Unsummon, Summon, and Heroic Spirit Summoning

In the Rayshift execution sequence, a system announcement says: "Unsummon Program start. Spiritron Conversion start."

Unsummon.

"Summon" means to call forth. The prefix "un-" negates it, so literally something like "non-summon" — probably intended as "reverse-summon."

Searching "unsummon" brings up Magic: The Gathering's card "Unsummon" — the return of a summoned creature to its origin. It appears to be modern fantasy terminology rather than traditional English, described in Wiktionary as: "To send (a summoned creature) back to its original location."

FGO describes sending Fujimaru to a Singularity via Rayshift as "un-summoning" or "returning."

Come to think of it: bringing a Heroic Spirit from the Throne to Chaldea is "Summon," so sending Fujimaru somewhere would be "Unsummon (reverse-summon)."

If sending Fujimaru from Chaldea to a Singularity is "un-summoning," then calling Fujimaru back from the Singularity to Chaldea would be "forward-summoning" — that is, "Summoning."

Converting the Fujimaru standing in the Singularity into information only, transmitting that information to Chaldea, and overwriting it onto the body in the Coffin (Rayshift) is "Summoning."

And then I realized:

Transmitting a Heroic Spirit's information from the Throne of Heroes to Chaldea, and overwriting it onto a mannequin (a body / spirit origin) made of magical energy to render it operational — that is Chaldea-style Heroic Spirit Summoning.

They're doing the same thing. Rayshift and Chaldea-style Heroic Spirit Summoning are the same thing.

It's natural for Chaldea to possess both Rayshift and Heroic Spirit Summoning — because they are the same thing.

Both involve: "Preparing some physical body in advance and then possessing it with memories, skills, and emotions (information)." They are nearly identical.

This brings to mind the story of Morgan. Morgan, summoned to the Lostbelt Britain by Beryl Gut, fully analyzed Rayshift that very day and Rayshifted to her past self that same night. On the day she was summoned, Morgan had only exchanged pleasantries with Beryl. She had never seen or experienced Rayshift. So how could she analyze something she'd never seen?

But Morgan had just been summoned via Chaldea-style Heroic Spirit Summoning, and experienced it firsthand. If Rayshift and Chaldea-style Heroic Spirit Summoning are nearly identical, analyzing her summoning would give her the grasp of Rayshift needed.

Another tangential point: according to Katatsuki Kōhon, Zelretch's method of parallel world travel uses nearly the same idea as Rayshift:

For instance, to move from World A to World B, the jewels in World B gather in a rush until they form Zelretch's shape, and then Zelretch's soul transfers there. Instantly, the jewel golem transforms into Zelretch. At this point, the Zelretch who was in World A returns to the original pile of jewels.

— Katatsuki Kōhon, p.34

Rayshift involves handling souls, which makes it seem like Third-Magic-adjacent technology — but in fact it seems to draw heavily on Second Magic derivatives. It wouldn't be strange if there were backstory along the lines of "Zelretch provided the Animusphere family with the technology at some point in history."

And one more tangential thought to pursue. Chaldeas is said to be a copy of Earth's soul placed into a model of Earth. Adjusted slightly, that sounds like Rayshift:

"Prepare the physical model of Earth in advance, and then possess it with soul information."

The core engineering behind the creation of Chaldeas might itself be Rayshift... though it's a little odd that the original Earth didn't dissipate and vanish. One could perhaps reason: "The reason the original dissipates is that the world applies a corrective force against two identical things existing simultaneously — but since Earth is the world itself, the corrective force does not apply."

If the core engineering of Chaldeas is also Rayshift, then Chaldea's three great super-technologies: "Heroic Spirit Summoning" "Rayshift" "Chaldeas" ...are all built from a single foundational theory. If the Animusphere family possessed that foundational theory, they could have built all three super-technologies.

I love it. This kind of "truth that converges to a single point" is exactly my preference. (This blog is basically a place where I write "this is what I like.")


■ The Superimposed State of Uncertain Life and Death

Looking through supplementary materials on Rayshift, one finds the Coffin described as things like: "A magically created box that is both living and dead" "A device that renders the Master's vital signs indeterminate"

Most recently, Manga de Wakaru! Fate/Grand Order ("Understanding FGO Through Manga") offered a similar explanation:

(Gareth) So the mechanism of Rayshift is: create a superimposed state of uncertain life and death in a sealed space where information is blocked, and then project your information into another spacetime.

— Riyo, Manga de Wakaru! Fate/Grand Order, Chapter 405

What this article has been calling the "existence/non-existence" state and the "living but dead / superimposed state of uncertain life and death" appear to be one and the same. Personally, "existence/non-existence" is the intuitive framing for me — but I believe there is a strong reason it is expressed as "life or death." Let me explain.

First: the phrasing "superimposed state of uncertain life and death" extremely powerfully evokes Schrödinger's Cat. This serves as a significant hint pointing toward the truth that "Schrödinger's Cat is the core idea of Rayshift" — assuming that is the truth.

Second: Heroic Spirit Summoning involves "giving dead people — reduced to pure information — a magical body and possessing it with them." The reminder that Heroic Spirits are the dead appears all over the place. And in this article's framework, Heroic Spirit Summoning and Rayshift are the same thing. By sprinkling "life and death" language throughout both the explanation of Heroic Spirit Summoning and the explanation of Rayshift, the hypothesis "Heroic Spirit Summoning and Rayshift are the same thing" becomes easier to arrive at and construct.

Heroic Spirit Summoning can be rephrased as a technology for retrieving the information of the dead; Rayshift as a technology that pseudo-kills the subject to transmit their information. Perhaps this is fundamentally "a technology for handling the information of the dead."

Third: Team A, when preserved in Coffins, were called by a mysterious light and told "choose: to live, or to die." A person in a Coffin in the "living but dead superimposed state" being told "choose: to live or to die" is elegantly coherent. When Nasu Kinoko designed the Rayshift setting, he presumably already had a plan for "Team A being forced to choose life or death." The setting and the story line up nicely. (Thinking of it this way, Consort Yu's Rayshift affinity — given her fluid relationship with life and death — makes perfect sense.)

Fourth: If "life/death" and "existence/non-existence" are the same thing:

"A dead person is judged as non-existent at their original location, and therefore may exist somewhere else (Rayshift is possible)."

The most extreme implication of this idea is: "A dead person can be made to be alive somewhere else."

If this could be used to resurrect Kadoc, that would be wonderful — but it probably won't work out that neatly. More likely, the person this brings back is Marisbury, who shot himself after being cornered by Daybit.

Marisbury, who died by suicide at that moment, is judged as "non-existent" and thus meets the conditions for Rayshift. He could appear alive somewhere else at the moment of his death. Even if his body is lying there, the non-existence judgment is already satisfied.


■ The Purpose of Rayshift

(Morgan) In the isolated world of a Lostbelt, a thaumaturgical formula capable of this level of power is abnormal. ...If you ever have the opportunity, return to the original causality. What Chaldea is. What Rayshift was prepared for.

— Fate/Grand Order, Avalon le Fae, Section 24

Morgan departed after issuing this homework: "Think about what purpose Rayshift was created for."

The homework-setter Morgan is a person who Rayshifted to the past and altered history. It's doubtful she's done anything more drastic than that. She likely believes "the ultimate act realizable through Rayshift is historical alteration."

So the straightforward model answer to the homework is: "Rayshift was created to alter the past." Marisbury was the one who put Rayshift into practical use, so Marisbury developed Rayshift in order to alter the past.

History has almost certainly already been altered, and the characters simply don't know it.

As I wrote in detail elsewhere, Marisbury learned after the fact that something called the Holy Grail War had taken place in 2004. Someone had won and had their wish granted. According to Olga Marie, Chaldea learned of this in 2010:

(Olga Marie) Laplace's observation confirmed a special Holy Grail War in this city in 2004. (abridged) Chaldea learned of this fact in 2010. Father... I mean, the former director used this data to create the summoning ritual.

— Fate/Grand Order, Prologue, Section 4

The 2010 Marisbury thinks: if only he had participated in that 2004 Holy Grail War, he could have secured the funding to operate Chaldeas...

So: he researches the weaknesses of the Servants appearing in that war, and Rayshifts to his own past self before 2004 (he can execute this at the moment of his own natural death). His younger self — carrying all the experience up to the moment of death — materializes in the past.

He obtains Solomon's rings and dominates the 2004 Holy Grail War. Uses the funds to complete Chaldeas (historical alteration achieved). Executes the Earth-whitening using Chaldeas.

In this scenario, the history Marisbury altered is the 2004 Holy Grail War outcome. This causes the event "Chaldeas is completed" — which should never have occurred — to materialize, leading to the Earth-whitening. In other words, the history from 2004 onward in FGO is a branch diverging from the original history.

(Much of this section I'm writing based on what I learned from the following video — please check it out: [FGO Theory] Current Logical Analysis of Singularity F )


■ True History or Singularity?

Following this thread: the history in which "Marisbury didn't participate in the Holy Grail War and Chaldeas was never completed" is the true canonical history — meaning what Da Vinci and Fujimaru believe to be canonical history is, at least from 2004 onward, arguably not canonical.

Meanwhile, Morgan caused the "withering of the Fantasy Tree" — an event impossible in canonical history — founded a Fairy Kingdom impossible in canonical history, and accumulated 2000 years of Fairy Calendar impossible in canonical history. Since the withering of the Fantasy Tree onward, Britain was no longer a Lostbelt, so that era is called a "Singularity."

So what should we call the post-2004 world produced by Marisbury's historical alteration — a world that cannot be called canonical?

Might it be called a "Singularity"?

Marisbury's attempt to alter history likely turned the Fuyuki of 2004 into a Singularity. If that went uncorrected and continued — it would spread across the entire world. A Singularity overwriting the true history.

The characters in FGO think Singularity F is a Singularity because they believe the world they belong to is canonical history. But what if the baseline of FGO is itself entirely a Singularity? Something that looks like a Singularity from within a Singularity.

If canonical history were to collide with the Fuyuki of FGO, it would look like a Singularity from within...

Singularity F is, then, a pocket of true canonical spacetime floating up at a single point within a world where all of existence has become a Singularity...

I adore this kind of idea — it feels like the world has been turned inside out.

That's why standing guard in Singularity F is Saber — the true victor of the canonical Holy Grail War. Saber is attempting to re-overwrite all the world in that spacetime of "what appears to be a Singularity but is actually canonical history" — to win "the battle to reclaim true history." It's Saber who's performing Singularity correction...

If that's the direction this is heading, it creates enormous problems. I'd want to support Saber — but letting Saber win would erase the whitening problem, while simultaneously erasing everything Fujimaru has traveled through. Can we accept that? I absolutely cannot.

But "your world needs to disappear, so your world will disappear" is the Lostbelt story inverted and aimed at the protagonist — and that's a compelling direction... That's where my thoughts on Rayshift end for now.


■ Addendum 1: Why Mash Could Be Sent to the Past

After writing this article, I encountered the question: "Why could Morgan Rayshift Mash to the past?"

Morgan used a magic called the "Water Mirror" to hurl a calamity into the Fairy Calendar era — and accidentally hurled Mash instead. But Mash's body doesn't exist in the Fairy Calendar era.

If Rayshift truly only transmits information, and if someone without a body at the destination would simply vanish, then Mash appearing with a physical body in Fairy Year 400 would be contradictory. Mash isn't there in that era.

...Or so I thought, but on re-reading Avalon le Fae, I resolved it myself. Morgan possesses physical transfer magic — the ability to move objects as objects.

(Beryl) Morgan's "Infinity Mirror" is something else — practically magic!

You won't find this kind of effortless "Transfer" anywhere in the pan-human history.

Only a "Witch" left behind by the ages could manage it. That alone merits reverence. (abridged) A transfer (Shift) that is essentially dimensional connection itself, performed by linking a parent mirror with multiple child mirrors. (abridged) On top of that — a Rayshift without a Coffin, which even Chaldea hasn't achieved!

Who'd have thought she was flinging "calamities" to ancient times and pawning off debts onto the "past"!

— Fate/Grand Order, Avalon le Fae, Section 14

Beryl, upon witnessing Baobhan Sith's teleportation, delivers this long expository monologue.

Morgan possesses warp magic called "Infinity Mirror" that connects two spatial points and allows instant relocation. Its mechanism is described as "dimensional connection."

What dimensional connection means is uncertain — but in TYPE-MOON works, the "infinity mirror / opposing mirrors" concept is fairly commonly associated with parallel worlds (I recall it being used in the Jeweled Sword scene in stay night), so I imagine it's something akin to the Second Magic — perhaps temporarily moving to another world, then returning to a different location in the original world.

Beryl also states here that the Water Mirror's true nature is Rayshift. This long monologue by Beryl was presumably placed to resolve the contradiction between "Rayshift can only transmit information" and the story event "Mash is sent to the past world."

Since Morgan possesses both "magic that physically moves objects to another location" and "magic that transmits an object's information to the past," combining them would allow "physically sending an object to the past intact."

That the Water Mirror uses the Infinity Mirror's technology is evident in the following scene:

(Tonelico) Hmm... I sensed a great magic of the same type as the "Infinity Mirror" and came to the eastern shore...

Oh. Are you perhaps a northern fairy?

One who failed at a transfer and got thrown out here in the middle of nowhere?

— Fate/Grand Order, Avalon le Fae, Interlude/5

Tonelico sensed a magic resembling the Infinity Mirror and came to that location — where she found Mash, who had been sent through the Water Mirror. She wonders if it's a northern fairy who bungled a transfer.

Since Tonelico looks at the traces of the Water Mirror and thinks "that's the Infinity Mirror," it's virtually certain that the Water Mirror is a combination technique of Rayshift and Infinity Mirror.


■ Addendum 2: Friends as Rayshift Destinations

I discussed how Fujimaru is an existence formed by the superposition of one million players — and on that note:

Each of us players is a different individual, yet simultaneously we are all the single person Fujimaru. In a sense, we are all the same person — through Fujimaru.

Now: there is a game mechanic allowing you to borrow one Servant from another player (Friend).

What if the ability to borrow another player's Servant is itself Rayshift?

Since we are all Fujimaru, we all possess Fujimaru's body. That means we can extract information from ourselves and inhabit another Fujimaru with it — and extract information from someone else and inhabit our own body with it.

We players are all Fujimaru, but our story progression varies. We may not have summoned a Servant that someone else has summoned, and vice versa. But since we're all Fujimaru, information transmission back and forth is freely possible.

When you borrow a Servant from someone, you are Rayshifting a part of that person's Fujimaru-information into your own self. When you lend a Servant, you are Rayshifting your own information toward someone else.

When another Fujimaru's information has been Rayshifted into you, you are simultaneously yourself and "another Fujimaru." Therefore you can summon "another Fujimaru's" Servant as if it were your own.

I found this imagination interesting enough to record here. Let's set aside the inconvenient issue that "the original Fujimaru doesn't vanish" in the name of keeping things fun.


■ Addendum 3: If Loa's Reincarnation Is Rayshift, What Is Olga Marie's Role?

Tsukihime features a character named Loa — a vampire with the special ability to reincarnate upon death and persist in this world indefinitely.

While still alive, he designates his next reincarnation host. When he dies, he possesses the designated fetus or infant entirely — body and soul. That fetus or infant has Loa's memories and abilities overwritten onto them, and when they grow up, they become Loa himself.

  • Conditional on the death of the original self (becoming non-existent).
  • Transmitting all one's information toward another body.

What Loa calls "reincarnation" is extremely Rayshift-like — it might basically be Rayshift.

The problem with this interpretation is that "Loa's Rayshift destination is not Loa's own body."

In Morgan's Rayshift, past Morgan existed at the destination, enabling information to be transmitted there. In Fujimaru's Rayshift, per this article's proposal, magic forcibly raises the probability of Fujimaru's body being at the destination to 100%. Both cases assume "the person's own body is at the destination" as a prerequisite.

Yet Loa's reincarnation target is a completely different person — so being able to Rayshift there would be strange. Hence one could conclude that Loa's reincarnation is not Rayshift.

But.

If there existed a magical method of the sort: "I define this fetus and myself as the same person" — the story would be different.

After all, in the TYPE-MOON worldview, "manipulating conceptual layers" as a supernatural method is prominently featured. If you inscribe "you are already dead" onto the conceptual layer of an immortal monster, the monster that can never die will die.

If you inscribe "You are me" — you and the target become the same person, and you can Rayshift to the target.

On a slightly different note:

There is the established setting that "Director Olga Marie has a 0% Rayshift aptitude." I've been idly wondering what that setting exists for — and a small idea came to me. In a word:

"Marisbury planned to Rayshift into Olga Marie's body."

Marisbury knew he would die. He decided that when he died, he would upload all his information to some "server-like entity" — Trismegistus, Chaldeas, whatever. Rayshift technology enables converting an entire human into information, so presumably this would be possible.

Then, after advancing various schemes within the server, when he needed to return to the real world with a physical body, he would Rayshift toward Olga Marie's body. Olga Marie would be overwritten by Marisbury's soul and effectively become Marisbury.

On the question of whether Rayshifting toward Olga Marie's body is possible: refer to Loa's reincarnation. If some method could be used to "define Marisbury and Olga Marie as the same person" — it would work.

Olga Marie should have received Marisbury's magic crest transplanted onto her. Olga Marie carries Marisbury's magic crest.

"Since she carries Marisbury's magic crest, Olga Marie is Marisbury" — defining this in magecraft terms doesn't feel particularly strange.

So let us posit: "Marisbury intends to Rayshift into Olga Marie's body."

Under this assumption, Marisbury may not want Olga Marie Rayshifting here and there on her own. Per this article's model, Rayshift "works by making a person's very reality ambiguous."

In our model, Chaldea-style Rayshift means: "Converting a person called Fujimaru into a possibly-non-existent fictional entity, and treating the imaginary Fujimaru said to be at the Singularity as real."

If Olga Marie were to Rayshift somewhere, she would be peeled off from reality and rendered an indeterminate, neither-here-nor-there thing.

For the Marisbury in this model, Olga Marie is an anchor for his return to reality — she must be firmly bound to the real world. Absolutely cannot have her going wobbly.

Therefore Marisbury pre-emptively "strips" Rayshift aptitude from Olga Marie.

The ideal would be to strip aptitude through magical manipulation — but merely inputting into Chaldea's system: "Output a result of zero Rayshift aptitude for Olga Marie" and "Halt Rayshift if Olga Marie enters a Coffin" would suffice.

Assuming Marisbury's scheme as described above, it makes sense that the First Emperor describes Rayshift as "smelling of wickedness." Because this is fundamentally a technique premised on seizing another person's existence entirely.

(First Emperor) I had collected every forbidden art and banned technique from every corner of all China...

Now that I think about it, no wonder even Xu Fu fled.

— Fate/Grand Order, Interlude: The Melancholy of the Ruler

The First Emperor, who had gathered "forbidden arts" and "banned techniques" from all over the world in pursuit of immortality, says:

(First Emperor) First of all, this mechanism called Rayshift just doesn't sit right with me... There's a faint whiff of wicked sorcery about it.

— Fate/Grand Order, Interlude: The Melancholy of the Ruler

If Rayshift is something aimed at seizing another's body to achieve immortality — as Loa does — then the First Emperor, who has strong opinions on forbidden arts for immortality, would naturally call it wicked.

Come to think of it — I watched Lord El-Melloi II's Case Files as an anime — there was a line along the lines of: "Marisbury lost interest in Olga Marie the moment he realized the Fuyuki Holy Grail was useless" (paraphrased from memory — was there?).

If the Fuyuki Holy Grail can't properly grant wishes, funding wouldn't materialize, Chaldeas wouldn't activate, and if Chaldeas can't operate, the conspiracy beginning with Earth-whitening becomes impossible — rendering meaningless both uploading himself to a server and downloading into Olga Marie's body.

Marisbury's sole use for Olga Marie was as a Rayshift destination for his return to reality. Once the conspiracy fell apart, that use evaporated and his interest in Olga Marie vanished — which rather adds up.

(Alternatively: he decided to go to a parallel world, i.e. he resolved to leave this world — so he lost interest in this world's Olga Marie. That also works.)

Speaking of which: Daybit said something like "it's all thanks to Lev throwing Olga Marie into Chaldeas that we had a comeback."

(Daybit) At that point, Goetia's scheme — the Demon Pillar's plan — was perfect...

But within that, what could truly be called a miracle was the emotion Lev Lainur directed at you.

Without that, there was no road to our reversal. The Mage King Solomon. No — the Demon King Goetia.

In that moment, as he incinerated human history, he simultaneously gave birth to human history's guardian.

— Fate/Grand Order, Epic of Remnant: Nahui Mictlan, Section 19 (italics as in original)

Thanks to Lev, Olga Marie's physical body was erased from the present world. And thanks to that, Marisbury was rendered unable to return to reality in physical form. Ha! Serves him right. — That reading, at least, seems plausible.


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FGO:第二部終章エンディング読解(あれは何なの?)

■TYPE-MOON関連記事・もくじ■
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[FGO終章(第二部終章)ネタバレ注意]

 FGO第二部終章の直後に「ふせったー」で投稿した文章が、思いのほか好評だったので、こちらのブログにも転記しておきます。ついでにいくらか追記と増補もしておきます。

 ネタバレを気にする方は、この先を読まないようご注意下さい。


FGO:第二部終章エンディング読解(あれは何なの?)
 筆者-Townmemory 初稿-2025年12月28日
[第二部終章直後までの情報を元にしています]

 初出のURLがこちら。 

fusetter.com

 

 そして以下に示すのが本文です。

     ☆

初めてふせったー使う。エンディングの大半で映し出される映像はあれは英霊の座のビジュアル表現だという理解で、そこにマシュ・キリエライトが今回の大功労者として登録されましたという意味に見えました。で、
#FGO

 英霊の座っていうのは人類の歴史の記録、人類の記憶だという言い換えが可能だと思うので、FGOの旅の記録のすべては英霊の座に記憶され、英霊の座にいるマシュはその全ての記憶を持っている。
 通常、英霊は、死後になって座に登録されるはずですが、今回、時間の巻き戻りが発生しましたので、「マシュは現在生存している」と「マシュは英霊として座にいる」が両立するレアケースが起きた。

 英霊は、サーヴァントとして明確な形で召喚されることはなくとも、見えないかたちで人々にそっと助力をすることがある、みたいなことがどっかに書いてあった記憶があるのですが、そのような作用によって、座にいるマシュが今を生きる人類としてのマシュに助力し、なにがしかの啓示をそっと伝えたのだ……といったことがあってもいいなと思いました。

 全部の記憶を、フルサイズでマシュに強制ダウンロードしたら気が変になりそうなので、「ぐだちゃんという人物がいて、あなたはこの人に出会わねばならず、決して手を離してはならない」くらいの小さな導きでもいい。そのくらいの導きによって、二人はふたたび出会うことができた。ぐだはマシュのことをほとんど知らなくて、突然コンタクトしてきたこの人何だろうくらいに思っているが、マシュは「この人に会わないと私の人生は始まらないのです」と思ってスーツケース引っ張って会いに来た、くらいのイメージ。

 また、FGOの旅を見ていた座の英霊たちの総意として、「ぐだとマシュが今後二度と会うことがない、などということはあってはならん!」みたいなプレッシャーを人理くんにかけまくった、なんてことでもいい。そんな感じのことがあったと思うと、私の心は満ちます。ご静聴ありがとうございました。

     ☆


■英霊の座とマシュ・キリエライト

 言いたいことは上記につきるのですが、もう少しかみ砕いておきます。

 第二部終章のエンディングムービーは、まず、サーヴァント姿のマシュが、後ろ姿を見せながら闇の中へ消えていくという絵で始まります。

 ついで、カメオのようなものが円形に連なって、ゆっくり回転しているというイメージが現れます。このカメオには、ここまで登場した英霊の姿が浮き彫りになっており、どうやら全サーヴァントが映像に映っているもようです。

 そして、カメオの連なりが歯車状になり、時計の内部構造のように噛み合いながら回転する、その全体像が映し出されます。その様子は胎蔵界曼荼羅を思わせるものです。

 その曼荼羅の中央の位置に、マシュが位置する……という状態が示されて、この曼荼羅パートは終わります。

 このパートを見た瞬間、ああこれは、英霊の座が目に見えるものだったとしたら、このようなビジュアルだろうなと思いました。あれは英霊の座だと思います。

 胎蔵界曼荼羅に似ているのは、英霊の座が「アラヤ(霊長の抑止力)」に属するものだからでしょう。TYPE-MOON世界観におけるアラヤとは人類の集合的無意識で、その語源となったアラヤ識は人間の無意識領域を表す仏教用語。なので、アラヤをビジュアル化するなら仏教的表現がふさわしいという連想がはたらいたものと推定します。

 暗闇の中へ去って行くマシュ・キリエライトが描かれ、続いて英霊の座が描かれ、最後に、座の中央にマシュがいるという画面になる。
 そういう意味だと解釈できましたので、「マシュ・キリエライトは英霊の座に登録された」という理解となりました。

 英霊の座にいる英霊は、原則的に、自分の事績を全部覚えています。ですから、座のマシュ・キリエライトは、FGO第一部と第二部で行われた物語をすべて記憶している。
 英霊の座は、人類の集合的無意識の一部ですから、FGOの物語は人類の集合的無意識に刻み込まれた。今を生きる人類に意識されることはなくとも、その物語の全ては、人類が滅亡するまで保存され続ける。


■世界線の打ち切りは死と判定される

 英霊は、極めて少ない例外を除いて(いや、例外なくかな?)、死後になって初めて英霊の座に登録されます。

 マシュがFGOの第一部と第二部を完走した世界線は打ち切りとなり断絶しました。この世界線のマシュは、それ以後存在しなくなりました。

「存在しないという状態は、死と同じ」
 ということが、FGOの各所で示されています。

 例えば第一部第七章バビロニア。人理焼却が起こっても時間の外側で生きていて、今後もずっと生き続ける予定である(つまり生者である)マーリンが、死後にしかなれないサーヴァントとして出現してきたのはおかしい、という話がありました。だって、彼はまだ生きているのだから、英霊の座に登録されているはずがないというわけです。

 それについての説明はこうでした。まずマーリンは、死後、英霊となることが確定している。次に古代バビロニアは、マーリンが生まれる前の時代である。つまりこの時代において、マーリンは不存在である。不存在であることは死と同義である。
 これらをつなぎ合わせると、「古代バビロニアは、マーリンの死後の時代として判定される」。
 死後、英霊となる者が、死後の時代にサーヴァントとして出現しても、まったくおかしくはない。そういうトリッキーなことが行われているとのことでした。

 

(マーリン)
この特異点は私が地球に発生する前の時代だ。
つまり、ここでは私の体は存在していない。
 
ない、という事は、その世界において
私は死んでいると仮定できる。
 
それを利用してサーヴァント化させてもらった。
強い召喚者によって呼ばれた、というのもあるがね。

『Fate/Grand Order』第一部第七章 絶対魔獣戦線バビロニア 2節


(偽典ソロモンや妖精騎士たちをみるに、「サーヴァントは座から出張ってきているとは限らない」という話もあるので、マーリンの出所も座ではないかもしれないが、それはさておき)


 これと同様のことが、マシュに起こったと考えます。

 FGO第二部までの物語を完走したマシュは、世界線の打ち切りによって不存在となりました。
 不存在、ということは、死んでいると判定できるので、死後にしかなることのできない英霊になることができます。座に登録されることができます。


■世界の巻き戻し

 世界の巻き戻しについて、私の理解を簡単に述べておきます。
 ぐだとマシュが物語を完走したことにより、FGOの物語の世界線は打ち切りとなり、それ以後は存在しないことになりました。

 そのかわり、2004年を分岐点とする、別の世界線が枝分かれしました。エンディングムービー終盤の場面は、この「枝分かれした別の世界線」の話だと認識できます。
 マシュの誕生日は1999年7月30日なので、この巻き戻しによってマシュが生まれなくなるということはありません。
 1999年から2004年までの5年間は、FGOの物語とまったく同様に生誕、成長するが、その後はマリスビリーが死んで歴史の展開が変わるので、別の育ち方をすることになります。

 

・EDの後のマシュ
マシュはホムンクルスじゃなくてデザインベビー。
ひとりの人間として2004年より前に生まれているので、
2004年以降からの人生が変わった、という事。。
『FGO』では南極カルデア基地で調整されていたけど、
ED後の歴史では誕生後はアニムスフィア縁の土地で育ち、
地球の頭脳波長を計測する学生として育ちます。
いつもの心のどこかで、
「行ったことはないのに南極に思いを馳せる」
というマシュ本人も言語化できない特徴がありますが。

『竹箒日記』2026/1/1 : あけましておめでとうございます2026(きのこ)


 この竹箒日記の記述からは、マシュの生誕地が南極なのか、そうでないのかがはっきりしません。が、ともあれ、物心つくころには彼女はすでに南極以外の場所にいて、地球の魂を観測する研究を学び始めているという感じです。
 マリスビリーが死亡しているので、セラフィックスで128人のマスター適性者を人身御供にするようなことはなく、もっと穏当に、地球と対話できたらいいのにねという方向性の研究だと思います。オルガマリーが後ろ盾になっているのかな。

 巻き戻しに付随して想定される「あれはどうなったんだ」という事項がいろいろありますが、ここでは取り上げません。

 重要なのは、「マシュが英霊の座にいる」と「マシュが今を生きる人類として生存している」が両立する、きわめて稀なケースが発生したという点です。


■英霊からの助力

 エンディングムービーの結びで、東京駅にてぐだとマシュが出会う(再会とは言えないかな)場面が描かれます。2004年から枝分かれした新たな世界線の、2016年か2017年だと推定できます。

 そしてこの世界線には、「今を生きる人類としてのマシュ」がいて、「英霊として座にいるマシュ」がいます。

 2004年から枝分かれした(この)世界線は、FGO本編の物語と平行に走っている隣の線路なのですが、「FGOの世界線が2017年に打ち切りにならないかぎり発生しない」世界線なので、概念的には「FGO本編の未来の世界」でもあるといえます。

 なので、座にいるマシュ視点では、「自分が死んだ後の世界に、生きている自分がいる」という不思議な状況になっています。

 そして、英霊は、サーヴァントとして明確な形で召喚されずとも、見えないかたちで人々にそっと助力をすることがある、ということが語られています。

 

(三蔵)
サーヴァントシステムっていうのもそう。
本来、英霊っていうのはこんなふうには現れない。
 
現世の人間が英霊を召喚した場合、
それは“その英霊にちなんだ現象”を借りるだけ。
 
あたしだったら“三蔵召喚! 頭が良くなった!”
みたいなね。

『Fate/Grand Order』第一部第六章 神聖円卓領域キャメロット 11節


 英霊というのは、本来サーヴァントとして召喚されるものではなく、現世の人間に、そっと助力を与えるものである。
 例えば、人類にとって重要な発見をする可能性がある人物に、ちょっとしたヒントを与えるとかです。ニュートンは万有引力を発見するときに、英霊アルキメデスからちょっとした啓示を受けたかもしれない。そしてアインシュタインは、英霊ニュートンから助力を受けたかもしれない。

 そういうことがあるのだとしたら、英霊マシュが、現世の人間であるマシュに、助力として、ちょっとした啓示を与えてもいいのかな、というのが私の想像です。

 英霊マシュが、現世のマシュに啓示を与えるとしたら、その内容はこうであるべきです。
「あなたは藤丸立香に会うべきだ」

 なぜなら英霊マシュは、藤丸立香に会うことで、人生が始まったからです。

 この啓示は、言語的なものとはかぎらない。断片的なイメージや、ふとした雰囲気程度のものかもしれない。

 そんな啓示を受けた今を生きる人類のマシュ。藤丸立香なんて人物の存在を初めて知った。でも、いるかどうかもわからないその人のことを思うと、なつかしくて泣きそうになる。どうしてだろう。

 ともかく、マシュは藤丸立香の実在を確認するところから始める。ネットで調べて見つけ出せるとは思えないので、オルガマリー経由で時計塔、時計塔から国連へ、といった照会が行われたかもですね。

 実在が確認できたところで、例えばマシュはメールを送る。「突然ですが私はマシュ・キリエライトです。飛行機でそちらに向かいますので、会っていただけないでしょうか。説明はうまくできないのですが」。

 突然そんなコンタクトを受けた藤丸立香。「はて?」とか「なんだなんだ?」とかいった想念がひとしきり脳内をぐるぐるする。メールをやりとりしてみると、悪い人ではなさそうだ。ということで東京駅で待ち合わせ。

 藤丸立香は東京駅に向かうあいだも、「いきなり知らん人からメール来たけど何だろうこれは」くらいに首をかしげている。
 一方でマシュはスーツケースを引っ張りながら、
「理由は自分でもわからないのですが、この人に会わないと、私の人生は始まらないのです」

 と、そんなことがあったのだ……という物語が、FGOのエンディングを見て、私の頭の中にブワーと展開されました。


■英霊たちの総意

 でも、英霊一個人が、自分の私欲によって、現世に干渉してもいいのか? という疑問もあります。

 英霊は、聖杯に願ってでも叶えたい願いを往々にして抱えている人々なので(人間なのであたりまえですね)、現世への干渉がほいほい許されるのなら、ほいほい干渉して現世を好みの状況へ導き、収拾がつかなくなりかねない。原則そういうことはできないというルールがありそうだ。

 でも、
「藤丸立香とマシュ・キリエライトが今後二度と会うことがない、などということは決してあってはならない」
 という意思を、座にある有力な英霊たちが一斉に示したら話は別かもしれない。

(なにしろ、「ルーラー霊基で再召喚されることを人理くんに強要したメリュジーヌ」の例もあることですし……)

 エンディングムービーの曼荼羅シーンは、その合意を示すものかもしれない。竹箒日記によれば、あのエンディングには、これまでFGOに出てきた全てのサーヴァントがいた模様です。
 逆に言うと、英霊の座には、あれ以外にもあまたの英霊がいるはずですが、それらは一切出てこない。それはなぜか。「藤丸立香とマシュ・キリエライトを再び会わせる」という意思に合意した者たちが、現世に向かって力を放つ、まさにその場面があの曼荼羅だからだ、あの映像は、FGOの事件を体験したすべての英霊が、ささやかな現実干渉のために、心をひとつにした瞬間だからだ……。

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■TYPE-MOON関連記事・もくじ■

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■TYPE-MOON関連記事・もくじ■

■特集■
■「FGO」■
■「月姫リメイク」■
■TYPE-MOONの「魔法」■


■特集■
 特集記事です。

FGO:第二部終章エンディング読解(あれは何なの?)
 投稿日:2025年1月7日(第二部終章エンディングまでの情報に基づく)
 第二部終章エンディングムービーで映し出されたものについての読み取り。あのぐるぐる映像は某々のビジュアル化で、ラストの某駅で起こったのはこういうことなんじゃない? というお話。X(Twitter)で好評だったので再録して注釈しました。


FGO:ロード・ログレスとは何者か(FGO冬木のサーヴァント内訳)
 投稿日:2025年12月18日(終章 序までの情報に基づく)
 ロード・ログレスはアルトリアなのかそうでないのか。冬木でソロモンはロード・ログレスを召喚したかしなかったか。そのことを延長した先に、FGO冬木でのサーヴァントの内訳がわかっていくのではないか。という話を書きました。


●FGO:空にあいた穴の謎(本当の地球はどこにあるのか)
 投稿日:2025年10月4日(オルガマリークエスト4までの情報に基づく)
 オルガマリークエスト4の末尾に出てきた例の「穴」。あれなに? についての記事です。
 ミステリ業界の重要トピック「後期クイーン的問題」を使って、なぜ地球の空に穴があき、その先に何もないのかを考えます。


●FGO:レイシフトとは何か(現状のまとめ)
 投稿日:2025年5月24日
 投稿日の段階での、「レイシフトって、多分こういうもの」という考えです。
 他の記事に書いた内容も再検討のうえ書き直しました。
 レイシフトと英霊召喚とカルデアス製造はまったく同じ技術なのでは、という話から、「この技術で死の克服が可能なのでは?」という話へ。


●FGO:アルトリアはなぜ特異点Fで踏み止まっているのか
 投稿日:2025年2月11日
 特異点Fで発生していた物語ってこういう全体像じゃない? というお話。
「アルトリアがとある状況に陥っていたとしたら、すべてが一つに繋がらないか?」
 特異点Fをプロデュースしたのは誰か。アルトリアオルタは何を求めていたのか。キャスター・クーフーリンの目的は何か。
 人理の防人。キャスニキの特殊な思惑。二部ラストで特異点Fにどう戻るかについて。
 その他、グリムのついたウソについて。


●FGO:マリスビリーの目的と事象収納(置換魔術その3)
 投稿日:2024年12月26日
 現状の情報から推測するマリスビリーの計画について。
 事象収納をつきつめると根源に到達できる話。
 仮にこの通りだとすると、クライマックスの物語はどういうものになっていくだろうという想像。私だったらこの話、こう書くけど。



■「FGO」シリーズ■
『Fate/Grand Order』(FGO)に関する記事です。

●FGO:カリオストロとシトナイとカルデアの者に関する着想
 投稿日:2025年2月23日(奏章3までの情報に基づく)
 話題三つ。
・カリオストロ伯爵は「カルデアを誘導」する役目を果たしていたのか?
・シトナイは何の目的で誰に召喚されたのか
・カルデアの者(ロマニもどき)の中身は本当にゲーティアなのか
 の三本です。


●FGO:アルトリアはなぜ特異点Fで踏み止まっているのか
 投稿日:2025年2月11日
 特異点Fで発生していた物語ってこういう全体像じゃない? というお話。
「アルトリアがとある状況に陥っていたとしたら、すべてが一つに繋がらないか?」
 特異点Fをプロデュースしたのは誰か。アルトリアオルタは何を求めていたのか。キャスター・クーフーリンの目的は何か。
 人理の防人。キャスニキの特殊な思惑。二部ラストで特異点Fにどう戻るかについて。
 その他、グリムのついたウソについて。


●[FGO]物語の力(1)サーヴァントユニヴァースって何やねん
 投稿日:2024年10月2日
 FGOには蒼輝銀河サーヴァントユニヴァースという別世界があり、そこから正体不明のサーヴァントが来訪しています。
 この世界の正体って、ひょっとしてこういうことでは?
 こういう成り立ち方になっていたら私は腑に落ちるけど、というお話。
 聖闘士星矢とドラゴンボールを例として。


●魔術理論“世界卵”はどういう理論なのか
 投稿日:2023年7月15日
 固有結界を実現している魔術理論“世界卵”というものがあるとされています。
 それはいったいどういう理論なのか、どうして内と外の入れ替えが可能なのかについて、森博嗣を例として考えを説明します。


●FGO:置換魔術で置換されうるもの(私たちとは何か)
 投稿日:2023年10月15日
「置換魔術」という理論が作中にあります。
 この理論でいちばん容易に置換可能なものは「主人公」と「プレイヤー」ではないか。
 作中でそれが意図されている場合、なぜこの二者を置換したいのか。
 そこから導かれる「私たちとは何か」。


●FGO:続・置換魔術(確率化する私たち)
 投稿日:2023年12月24日
 前回の「無限残機・無限コンティニュー説」をちょっと修正・別案。
 レイシフトとコフィンに関する私の理解(解釈)。
 無数の「ぐだスペア」を量子論的重なり状態と解釈することで得られるもの。
 なぜぐだはレイシフト適性が100%なのか。
 「フレンドのサーヴァントを借りられる」という現象は作中の理屈ではどうなっているのか。


●FGO:マリスビリーの目的と事象収納(置換魔術その3)
 投稿日:2024年12月26日
 現状の情報から推測するマリスビリーの計画について。
 事象収納をつきつめると根源に到達できる話。
 仮にこの通りだとすると、クライマックスの物語はどういうものになっていくだろうという想像。私だったらこの話、こう書くけど。


●FGO:ブルーブックと地球白紙化に関するわりと壮大な話(置換魔術4)
 投稿日:2025年2月1日
 投稿日までの情報をもとに、「FGOの物語の裏側では何が起こっていそうか」を大づかみ再構成してみました。
 ブルーブックの見たものを検討していったら、もう、話が広がる広がる……。
 エリア51は魔法の箱みたいになっているし、マリスビリーとオルガマリーは陰でバトルをしているし、要約は不可能なので読んでご確認下さい。


●FGO:レイシフトとは何か(現状のまとめ)
 投稿日:2025年5月24日
 投稿日の段階での、「レイシフトって、多分こういうもの」という考えです。
 他の記事に書いた内容も再検討のうえ書き直しました。
 レイシフトと英霊召喚とカルデアス製造はまったく同じ技術なのでは、という話から、「この技術で死の克服が可能なのでは?」という話へ。


●FGO:Dr.ロマン殺しの選択/終局特異点アバン読解
 投稿日:2025年5月8日(奏章4までの情報に基づく)
 終局特異点冒頭のマリスビリーとソロモンの密談。そのまま読むと消化できない部分を消化してみました。
 この会話の中に「歴史改変を行った形跡」がある。
 FGOの冬木聖杯は、stay nightのそれとは機能が異なる可能性がある。
 マリスビリーとぐだは、ロマニを通じて共感しあえるはずという話。
 ロマニを殺すか生かすかという選択を迫られる話など。


●FGO:空にあいた穴の謎(本当の地球はどこにあるのか)
 投稿日:2025年10月4日(オルガマリークエスト4までの情報に基づく)
 オルガマリークエスト4の末尾に出てきた例の「穴」。あれなに? についての記事です。
 ミステリ業界の重要トピック「後期クイーン的問題」を使って、なぜ地球の空に穴があき、その先に何もないのかを考えます。


FGO:ロード・ログレスとは何者か(FGO冬木のサーヴァント内訳)
 投稿日:2025年12月18日(終章 序までの情報に基づく)
 ロード・ログレスはアルトリアなのかそうでないのか。冬木でソロモンはロード・ログレスを召喚したかしなかったか。そのことを延長した先に、FGO冬木でのサーヴァントの内訳がわかっていくのではないか。という話を書きました。


FGO:第二部終章エンディング読解(あれは何なの?)
 投稿日:2025年1月7日(第二部終章エンディングまでの情報に基づく)
 第二部終章エンディングムービーで映し出されたものについての読み取り。あのぐるぐる映像は某々のビジュアル化で、ラストの某駅で起こったのはこういうことなんじゃない? というお話。X(Twitter)で好評だったので再録して注釈しました。



■「月姫リメイク」シリーズ■
 『月姫リメイク』についての考えをまとめた記事です。
 こちらも原則として、番号順にお読み下さい。


●月姫リメイク(1)原理血戒と大規定・上
 投稿日:2023年5月28日
「原理」と「原理血戒」は違うもの、というところから話がスタートします。
 原理血戒は何をどうするものか、それを地上にばらまいた者はだれか。
 それは何のためか、というところまで。


●月姫リメイク(2)原理血戒と大規定・下
 投稿日:2023年6月3日
 ロアがこっそり握っている裏テーマについて。
 この物語は何であるのか、それは、「この世界が何であるのかを私が決める」と思っている者たちの闘争の物語である、という話。
 奈須きのこさんが敷いた「大規定」とそれをめぐる闘争について。


●月姫リメイク(3)ロアの転生回数とヴローヴに与えた術式
 投稿日:2023年6月10日
 ロアの「800年/十五世紀」問題と転生回数について現状でのまとめ。
 また、ロアがヴローヴに与えた術式は祖の能力を奪う「ではない」んじゃないのという話。その場合想定されるバックグラウンドストーリー。


●月姫リメイク(4)ロアのイデア論・イデアブラッドって何よ
 投稿日:2023年6月17日
「原理血戒」はどうしてイデアブラッドって読むの? イデアって何?
 ロアの行動は「人間」や「世界」のイデアを見ること、という構図でだいたい説明できるのではないか。
 イデアがらみで説明する「フランス事変」の別解。


●月姫リメイク(5)マーリオゥ/ラウレンティス同一人物問題・逆行運河したいロア
 投稿日:2023年6月24日
(5)と(6)は前後編です。
『メルブラタイプルミナ』でロアが自白しているパンティオンの機能と計画について。
ラウレンティスは本当に死にたくないのか。
ロアとマーリオゥは何と何を取引する気なのか。
ロアはパンティオンを使って何を見に行くのか。


●月姫リメイク(6)天体の卵の正体・古い宇宙・続マリ/ラウ問題
 投稿日:2023年7月1日
(5)からの続き。後編です。
ロアは宇宙誕生の「そのまた前」に行きたいんじゃないか。
前回論じた「地球創生ビッグバン仮説」に基づく「天体の卵」の正体。
タイプルミナの謎の人物「???」とは何者か。


●月姫リメイク(7)すべてが阿良句博士のしわざ・ロアの転生回数再び
 投稿日:2023年7月8日
「阿良句博士を、犯人です」。総耶市の状況全部が彼女のプロデュース説。
フランス事変の祖、どれが誰なのか。
諸星大二郎との関連。
ロア転生17回問題の新説。



■TYPE-MOONの「魔法」シリーズ■
 TYPE-MOON世界観における六つの「魔法」の解析です。
 おおむねこういう方向性でいいだろうと考えています。

 !注意! このシリーズは(1)から順番に読まないと意味をなしません。


●TYPE-MOONの「魔法」(1):無の否定の正体
 投稿日:2022年02月14日
「第一魔法=根源観測説」です。第一魔法は特殊スキル的なものではなく、「あるかどうかわからなかった根源を、確かにあると確かめた」一連の事象につけられた名だとしています。
「第三魔法は第一魔法より先に存在していた」という条件から始める解き方です。


●TYPE-MOONの「魔法」(2):初期三魔法は循環する
 投稿日:2022年02月14日
「初期三魔法循環説」です。第一から第三の魔法は、3→1→2→3→1というふうに循環構造になっていそうだという話です。
 また「ユミナとは何者か」「第三魔法の魔法使いの名前は」といった話につながります。


●TYPE-MOONの「魔法」(3):第四魔法はなぜ消失するのか
 投稿日:2022年02月21日
「第四魔法とその使い手はなぜ消失したのか」です。第一から第三までの流れからいって、第四魔法はこういう内容だと推定可能なはずだ、というお話。


●TYPE-MOONの「魔法」(4):第五の継承者はなぜ青子なのか
 投稿日:2022年03月16日
「歴代の魔法使いが、魔法を獲得するために何をしてきたか」ということを蒼崎青子にあてはめると第五魔法の内容がわかるはずだという試み。第五が橙子に継承されなかった理由もこれなら(私は)納得。


●TYPE-MOONの「魔法」(5):第六法という人類滅亡プログラム
 投稿日:2022年03月26日
「第六魔法」と「第六法」と「第六」をいっしょくた同じものと考えるから解けないのでは? と考えました。「ズェピアが挑んで破れたという第六法」とは何かについて論じます。
 ほか、「第一~第三魔法」と「第四~第六魔法」の対応関係について。


●TYPE-MOONの「魔法」(6):「第六法」と「第六魔法」という双子
 投稿日:2022年03月27日
 引き続きズェピアの苦闘のお話。彼が本当に目指していたものとその具体的な計画について。そこから導き出される「第六法」と「第六魔法」の関係について。


●TYPE-MOONの「魔法」(7):蒼崎青子は何を求めてどこへ行くのか
 投稿日:2022年04月02日
 第五魔法の内容に関して多少の修正。TYPE-MOON世界観と笠井潔「大量死理論」との類似点。そこから展開して久遠寺有珠は何を求めているのか。蒼崎青子はあちこちに出現して、いったい何をしているのか。


●TYPE-MOONとマイケル・ムアコック、そしてジーザス(TYPE-MOONの「魔法」(8))
 投稿日:2023年9月17日
『Fate/stay night』と『FGO』における、マイクル・ムアコックの影響を指摘します。
 ムアコック作品(特に『この人を見よ』)からの影響を前提とすると、「なぜ第三魔法は第一に先行するのか」がスマートに理解できるのではないか。
 また、『Fate/stay night』の結末にはこういうボツ案があったのではないか、など。


FGO:ロード・ログレスとは何者か(FGO冬木のサーヴァント内訳)

■TYPE-MOON関連記事・もくじ■
■うみねこのなく頃に もくじ■

 キャスターの冠位戴冠戦のボス、偽典ソロモンが、謎のサーヴァント「ロード・ログレス」なる人物を召喚してきました。鎧は金ぴかですが、顔はアルトリアそっくりです。

 この人いったい何者なの? という問題について、現状思いついたことを挙げる記事です。

 その延長上で考えると、FGOの世界における冬木の聖杯戦争で、どのサーヴァントがいたのかということがふんわりわかってきそうな気がしたので、それも書きます。


FGO:ロード・ログレスとは何者か(FGO冬木のサーヴァント内訳)
 筆者-Townmemory 初稿-2025年12月18日
[終章 序までの情報を元にしています。終章本編は未読です]


 お題としては以下のようになります。


・ロード・ログレスはアルトリア本人なのかそうでないのか。
・偽典ソロモンはなぜロード・ログレスを召喚した(できる)のか。
・FGOの冬木にロード・ログレスはいたのか、いなかったのか。
・これを手がかりに、FGO冬木の参加サーヴァントを割り出せないか。

 

 なお、本稿は「終章 序」までの情報を元に書かれています。ロード・ログレスが登場したところまでは見ましたが、その後の終章本編に描かれるであろう情報は見ていません。

 たぶんロード・ログレスが何者かとか、特異点Fで何があったかとか、そういうことが明かされるのだろうと思うのですが、明かされる前に書いておきたいと思います。なぜなら、情報が入ってくる前でないと書けない/思いつかないことがあり、それを重要だと考えるからです。本編の真相解明と一致するかしないかなんてことには、ほとんど価値を見いだしていません。

 ただ、こういうアイデアは、真相解明の後には頭脳から消えてしまうものなので、わりと必死に書き留めています。


■アルトリアなのかそうでないのか

 ロード・ログレスについて、真っ先に考えたいことは、「この人はアルトリア(アーサー)本人なのか、そうでないのか」でしょう。
 だって顔が同じだし、見たことあるような剣を持っているし、クラスがセイバーだし。

 ロード・ログレスというのは「ログレスの君主」くらいの意味でしょう。ログレスというのはブリタニア列王史にでてくる地名で、「アーサーはログレス国を治めていた」と書いてあるそうです(私は未読)。

 ログレス国の君主はアーサー(アルトリア)ですから、ロード・ログレスとはアルトリアのことであるというのは、たいへん飲み込みやすい解釈です。

 が。

 私はあまのじゃくなので、「そうでないとしたらどうなる?」ということを考えるのです。

 例えばこんなアプローチはどうでしょう。ログレスという言葉が出てくるブリタニア列王史という書物は歴史書でもなんでもないただの小説です。ログレスとは、アーサー王フィクションに出てくる架空の地名ということになります。

 この「架空性」に着目したらどうなるだろうか。

 アルトリアさんはこれまで、自国のことはブリテンと呼んでおり、私の知るかぎりでは、ログレスという言葉を口にしたことはありません。
(探せばあるのかな?)
「わがブリテン」みたいな言い方はしょっちゅうするのですが、「わがログレス」みたいなことを言ったことは、原則ないと思います。

 そこでこう思うのです。
 ロード・ログレスが、もし、我々の知っているアルトリアさんではないとしたら、その正体とは、「物語に書かれた架空のアーサー」ではないか。

 FGO、またはTYPE-MOON世界観においては、アルトリア・ペンドラゴンは「実在した」人物として描かれます。
 史実ではそうではないが、作中では実在したという扱いだ。
 5世紀ごろの英国、ウェールズだかイングランドだかに、アルトリアという人間は本当に生きていて、アーサー王として活躍し、カムランの丘でブリテンもろとも滅びた。
 その死のまぎわに、「この結末を撤回するために聖杯が欲しい」と願ったため、以降の歴史上のどこかに聖杯が出現すると、必ずアルトリアはサーヴァントとしてそこに出現することになった。
 一言で言うと、「実在した歴史上の人物が、サーヴァントになった」。

 その一方でFGOでは、「実在しない人物も英霊の座に登録され、サーヴァントとして出現することがある」のです。

 その代表例が、架空の人物であるシャーロック・ホームズや女教皇ヨハンナ。
 彼らは存在しない、物語にしかいない人物ではあるが、「あまりにも汎人類的に有名になり、ほとんど存在するも同然になったので、英霊の座に登録され、サーヴァントとして出現することが可能になってしまった」のです。

 で、アーサー王というのは、伝説的人物界のスーパースターですから、歴史上の物語作家たちが彼(彼女)を題材にした物語を書き足し、書き継ぎ、ようするに同人誌が量産され、同人誌の同人誌が作られ、そのイメージは劇的にふくらんでいった。
 実体から大きく乖離してもはや別物となった珍妙アーサー像だって描かれたでしょう。東映動画の『燃えろアーサー 白馬の王子』とか……。

 ようするにアーサー王くらいメジャーで、いろんな人がいろんなアーサー王物語を書いてる場合、彼は「実在の人物である」と同時に「架空の人物である」といえる。

 そして、架空の人物であっても、あまりにもメジャーならサーヴァントになれるというルールがあるのですから、

「英霊の座には、実在のアルトリアと、架空のアルトリアが登録されている」

 と考えるのは、そんなに無理がないと考えられるのです。

 そして前述のとおり、ログレスという地名はフィクションの中にしか出てきませんから、
「ロード・ログレスは架空の人物としてのアーサー王がサーヴァントになったものだ」

 わかりやすい例では、エリザベート・バートリー(実在した)と、カーミラ(それをモデルにした小説の登場人物)の関係なんじゃないのかと。


■バリエーション1

 というように考えるのですが、もう一つ踏み込んで、
「ロード・ログレスはアーサー王が実在しない世界線のアーサー王だ」
 というのも面白いかもしれません。

 TYPE-MOON世界観にはアーサー王が実在するので、「エリザベちゃんとカーミラのようなものだ」という言い方ができますが、理論上無限な平行世界には、アーサー王がそもそも誕生しなかった世界線もあるはずです。例えばブリテン異聞帯がそうだよね。

 我々が住んでいるこの世界の史実にも、アーサー王は実在しませんでした(実在したと思いたい人たちは大勢いますが)。
 でもそういう(この)世界にも、アーサー王伝説はあるのです。

 そういうアーサー王伝説が広まった結果、アーサー王はシャーロック・ホームズ方式で座に登録される。座に登録されたら、サーヴァントとして呼び出すことができる。


■バリエーション2

 さらなる別案としては、こうでもいい。

 アルトリアがきれいな聖杯に「ブリテンの滅びの撤回」を願って、それが実現した世界がある(と考える)。

 アルトリアは生前の時代に呼び戻され、ブリテンを復活させる。復活ブリテンは栄えてのちにログレスと呼ばれるようになった。
 ロード・ログレスはそういう世界線のアルトリアである。

 ブリテンが滅ぶ、という歴史が改変されるため、世界線が枝分かれして、元の歴史とログレスのある歴史はパラレルワールドの関係になります。
 元の歴史(我々が見ている歴史)から見ると、ログレスは「アーサー王フィクションに出てくる架空の国」ですが、パラレルな歴史のほうから見ると、「ログレスは実在した国」になり、ロード・ログレスは「実在した王」になる。
 このパラレルな歴史の実在した王が英霊の座に登録され、それが呼び出される。
 なんていう解釈でもいい。

『Fate/stay night』のアルトリアは「自分が王になったのが間違っていたので、自分は王にならなかったことにしたい」という願望を持っているのですが、この願望は第四次聖杯戦争(Fate/Zero)を経験して、狂ったランスロットと出会わないと発生しません。
 狂ったランスロットと出会うまで、彼女は「ブリテンの滅びを撤回したい」という願いを持っていたのです。

 そしてFGOの世界の冬木聖杯戦争は、「2004年が第一回だ」とされています。
(私はちょっと眉唾だとも感じるのですが)

 2004年が第一回であり、そこにアルトリアが召喚されるのなら(というか「絶対に召喚される」という条件付けなのですが)、FGOの冬木には「ブリテンの滅びを撤回したいアルトリア」が出現するはずです。

 そして、FGOの冬木には、「アンリ・マユに汚染されていない」大聖杯があるので、この聖杯戦争にアルトリアが勝てば、ブリテンの滅びはみごと撤回されるのです。ロード・ログレスとは、この流れで発生した新たな歴史のアルトリアなんじゃないか、というのも、なかなか有望に思えます。

 さて、以上のようなことが、私の考える「ロード・ログレスとは何者か」に関する答案なのですが、この案の延長上にはいくつか疑問が出てきます。

 例えば、「なぜ偽典ソロモンはロード・ログレスを召喚したのか」。アルトリアじゃ駄目だったのか。
 アルトリアという人は、へなちょこ衛宮士郎やへなちょこぐだちゃんが召喚しても一流サーヴァントなのですから、偽典ソロモンが召喚したらそれはもう猛烈な性能を発揮しそうだ。それで十分ではないの? 違うの?

 この話、冬木市(特異点F)に続きます。


■ソロモンがセイバーを召喚する話

 偽典ソロモンの中身が何か、については大きく取り上げません。

 偽典ソロモンはソロモン本人ではないが、ソロモンの能力を限定的にしたものを使用できる人です。
 なので、ソロモンの事績、ソロモンがやってきたことに相当詳しい人だと言えそうです。ソロモンと同じ宝具も使えます。

 偽典ソロモンが使用した、「最強のサーヴァントを使役することができれば、自分は最強でなくともよい」という戦略は、そもそもオリジナルソロモンが使用していたものである可能性が高い。
 具体的には、2004年のFGO冬木で、マリスビリーとソロモンは、このストラテジーを使った可能性が高いのです。
 それを知っていた偽典ソロモンが、同じ戦略を見せてくれた、という理解です。

 つまり、ソロモンはサーヴァントであると同時に魔術師であるので、聖杯戦争のマスターになることができる。
 ソロモンはセイバーを召喚して冬木の聖杯戦争を戦った可能性がある。サーヴァント7名のバトルロイヤルで、うち2名が完全な同陣営となり裏切りが起こらない。おまけにその2名はトップサーヴァントである。
 この条件であれば、何の小細工もいらず正攻法で聖杯戦争を勝ち抜けるでしょう。

 FGO第一部、終局特異点のアバンタイトルは、聖杯戦争に勝ったマリスビリーとソロモンが密談を交わすという内容でした。
 この会話において、二人は「この聖杯戦争は表向きセイバーが勝ったということにしておこう」という合意を形成しています。

 

(マリスビリー)
冬木で起きた聖杯戦争は、
セイバーとそのマスターが勝利した事にすればいい。

『Fate/Grand Order』第一部 終局特異点 アバンタイトル

 

 マリスビリーがソロモンを召喚し、ソロモンがセイバーを召喚したのなら、マリスビリー&ソロモンの勝利を「セイバーとそのマスターの勝利」と言い換えても、それは解釈の変更程度のことであって、間違いにはならない。
 ということは、本来セイバーが勝った聖杯戦争を、ソロモンの勝利に書き換えても、歴史改変にはあたらず、歴史の修正力が働かない。

 ここまでの仮定をOKとする。

 ソロモンが召喚した「セイバー」の正体は、ロード・ログレスだったのだろうか?


■アルトリアはいなければならない

 そうだとも考えられるし、そうではないと考えることもできます。

 この話をする際に重要となる条件は、「聖杯が現れるところに、アルトリアは必ず出現する」ことです。
 というか、聖杯戦争が起こる限り、サーヴァントのメンバーのうち一人は必ずアルトリアでなければならないはず。

 2004年のFGO冬木の聖杯戦争に、ソロモンがロード・ログレスを召喚する場合。
 7人のサーヴァントのうち、セイバー枠が埋まるので、セイバーアルトリアはこの聖杯戦争に出現できません。
 アルトリアが参加しないというのは、「聖杯が現れるところ、アルトリアは必ず現れる」というルールに反するので、エラーが起こってしまいます。

 このエラーを回避するためには、

・ロード・ログレスはアルトリア本人である。(本稿の仮定条件と不一致)
・アルトリアはセイバーではないクラスで出現した。(例えばランサー)

 このどちらかの条件が必要です。
 前者は本稿の前提条件と不一致(趣旨から外れる)なので取り上げません。

 後者はありえます。FGOに、ランサーアルトリアはいますから、ランサー適性があることは間違いないですし。
(ただ、アルトリアがどこかで「自分の適性はセイバーのみ」と言っていた記憶があるんだけどどうだったかな……)

 セイバーがロード・ログレス、ランサーがアルトリア、キャスターがクー・フーリンなんていう内訳は、FGOの状況にわりと一致するので、魅力的だと思うのですが、クー・フーリンがキャスターで召喚される盤には、キャスターソロモンが召喚できないので、ここでエラーが起こります。

 ここで考えておきたいのは、FGOの「第一章プロローグ」というシーン。FGOの最初の場面です。
 南極のカルデアにやってきた誰かが、検問で属性チェックなどを受け、「本日最後の入館者です」かなんか言われてドアが開くのを待っているとき、「手続きに時間がかかるのでその間に模擬戦闘でもどうぞ」と言われて、ゲームでの初戦闘が起こります。

 

(アナウンス)
……申し訳ございません。
入館手続き完了まであと180秒必要です。
 
その間、模擬戦闘をお楽しみください。
 
レギュレーション:シニア
契約サーヴァント:セイバー ランサー アーチャー

『Fate/Grand Order』第一章 プロローグ


 この模擬戦闘で、プレイヤーは、アルトリア、クー・フーリン、アーラシュを使用することができます。

 でも、カルデアはなぜ、この三人のデータを持っているのだろうか?
 特異点Fに行く前の、実戦経験ゼロのカルデアは、彼らと会ってないはずです。第一章プロローグにおいて、カルデアにダ・ヴィンチ以外のサーヴァントがいる気配がありません。

 第二部のクリプターたちも、サーヴァントを現地で召喚していました。マスターはサーヴァントを現地で召喚する、というのがカルデアの基本的な方針のように見えます。なのに、カルデアはすでに三体のサーヴァントのデータを持っていた。

 そこで、「この三名のデータは、マリスビリーが冬木で遭遇した経験を元に割り出したものである」とするのはどうでしょう。実際に出会って戦ったりしているから、強さがわかるという考え方です。

 この考えを採用する場合、マリスビリーは冬木で「セイバーのアルトリアと」会っている計算になります。

 マリスビリーがソロモンを召喚し、ソロモンがセイバーを召喚するという本稿の仮定において、マリスビリーがセイバーアルトリアと出会うことができるのは、ソロモンがセイバーアルトリアを召喚した場合のみです。

 ということで、ソロモンが召喚したセイバーの内訳は、ロード・ログレスとも、アルトリアとも考えられるのだけれども、どっちかというとアルトリアのほうが優勢なんじゃないかなあ、というのが現状の判断です。

(注:ただし私は、「第一章プロローグの当該シーンは、すべての事件がきれいに解決したはるか未来のカルデアで起こったことである」という説を持っているので、それを採用する場合、セイバーアルトリアのデータはFGOの物語から持ってくることができます。そういう前提の場合、セイバー=ロード・ログレス、ランサー=アルトリアでも特に問題は生じません)

 ところで、この流れのまま考えていくと、FGOの冬木にどんなサーヴァントがいたのか、ある程度割り出せるんじゃないでしょうか。ライブ感のまま試しにやってみます。


■マリスビリーの歴史改変

 マリスビリーと冬木の話をする際には常にこれを述べておくのですが、私はれもんまいさんの、
「マリスビリーはモルガン式レイシフトで過去に飛び、2004年の冬木の聖杯戦争に参加した」
 という説に深く同意し、これを下敷きにしています。以後もこれを前提とします。

 

【FGO考察】特異点Fに関する現状の論理的考察

 要約しておきますが、

・マリスビリーはカルデアスの完成を見ずに自分が死ぬことを知った(資金難で完成しない)。
・マリスビリーは2004年に聖杯戦争が行われていたことを「事後に」知った。
・マリスビリーは2004年以前の自分にレイシフトした。
(過去世界に自分自身が存在する場合のみ、コフィンなしでもレイシフトできる。現在の自分は消滅するが、現在の知識を持ったまま過去に戻れる)
・マリスビリーは2004年の聖杯戦争に参加し、勝利した。
・それで得た資金でカルデアスを完成させた。

 ようは、2004年の冬木でどんな戦いが起きるかをあらかじめカンニングしておき、対策を万全にした上で、タイムマシンに乗ってバトルロイヤルに参加したという話です。

 おそらく、マリスビリーが知らなくて参加できなくて、「あー、あれに参加できれてばカルデアスを回すカネが手に入ったのにー」と思った本来の聖杯戦争では、セイバーアルトリアが勝利したのでしょう。
 なにがしかの特殊な横やりがない限り、セイバーアルトリアは必ず聖杯戦争に参加するルールですからね。

(余談。先述の通り、FGOの冬木には汚染されていないまともな大聖杯があるので、アルトリアがブリテンの滅びの撤回を望めば本当にそれが叶う。ブリテンが滅びずに栄え、その結果ログレス国が発生すると仮定する場合、ロード・ログレスが史実上に発生する計算になる。それはさておき)

 マリスビリーはそれを調べてつきとめ、
「じゃあ、セイバーアルトリアを自分で召喚すれば、勝利の可能性は爆上がりだな」
 と考えた。

「本来の聖杯戦争ではセイバーアルトリアが勝った」という仮定条件は、先述の引用部、「セイバーを勝利した表向きで行こう」により納得感が出ます。

 

(マリスビリー)
冬木で起きた聖杯戦争は、
セイバーとそのマスターが勝利した事にすればいい。

『Fate/Grand Order』第一部 終局特異点 アバンタイトル


 本来参加していなかったマリスビリーが急に聖杯戦争に参加し、しかも勝利するというのは、歴史改編にあたります。
 歴史改変を世界が知った場合、元に戻す力が働いて、歴史改変が無効になってしまうという設定があります。

 しかし、「大づかみのところさえ元の歴史と合っていれば、細かい違いは解釈変更でどうにでもなる」という話もあるのです。

 

・本来の歴史では、セイバーアルトリアとそのマスターが勝利した。
・改変された歴史では、ソロモンとマリスビリーと、ソロモンが召喚したセイバーアルトリアが勝利した。
・マリスビリーはキャスター陣営であると同時に、セイバー陣営である。
・これを「セイバー陣営勝利」という言い方でくくれば、ふたつの歴史はほぼ同じなので、歴史の修正は発生しない。


 この話の流れからすると、

・マリスビリーが取った戦略は、「本来の聖杯戦争」を調べ尽くした結果の最適解である。

 ということなので、

・マリスビリーの戦略が最適解となるような盤を構成したら、それは本来の聖杯戦争の形に近いはずだ。


■最強の召喚術師

 何度も繰り返してすみませんが、「マリスビリーがソロモンを召喚し、ソロモンがアルトリアを召喚した」を前提条件として設定します。これを前提としない思考は本稿の対象外(またの機会に)。

 そもそもマリスビリーはなぜソロモンを人選したのか。たまたまぽろっとソロモンの指輪が手に入ったのではないとしたら理由は何か。

 それは、ソロモンが人類史上最強の召喚術師だからでしょう。なにしろ七十二体の魔神を召喚して同時に使役したというのですからね。
 ソロモンと比肩しうる召喚術師なんて史上存在しなかった。比較可能なのはカルデアのバックアップがある状態のぐだちゃんくらい。というか全くの余談ですが、カルデアというのはソロモンが不在となった世界でソロモンと同等の力を手元に持ちたいという気持ちの産物だろうという気がします。それがゲーティアを倒すことになるのだから気が利いている。

 おそらくマリスビリーは、「召喚術師のサーヴァントを召喚し、彼にセイバーを召喚させる」というプランをあらかじめ持っていた。それでソロモンを人選した。

 マリスビリーが「召喚術師のサーヴァントにセイバーを召喚させる」というストラテジーを最強だと確信するに至った理由は、そのストラテジーを使って成果を出した陣営が元の聖杯戦争にいたからだと想定します。

 そして私たちはそれに心当たりがあります。『Fate/stay night』のメディアは、自分が魔術師なのをいいことに自らマスターとなり、佐々木小次郎を召喚し、あるいはエミヤのマスターになったり、アルトリアのマスターになろうとしてしくじったりと、基本この路線で戦っています。

 おそらくFGOの元の聖杯戦争でも、メディアさんは登板しており、このような戦略を駆使していたと考えられる。そのことを事後に調べて知ったマリスビリーは「これだ」と思った。

 元の聖杯戦争ではセイバーアルトリアが勝ったので(推定)、セイバーアルトリアを自分で召喚すれば、まず順当に勝てると思われるが、より確実なのは、自分でキャスターを召喚し、キャスターにセイバーアルトリアを召喚させることだ。単純な戦力計算でも、倍の力で戦える。そのためには召喚術師のキャスターを人選するのがいい。

 ということで、メディアはFGOの本来の聖杯戦争にいた可能性が高いです。
 そして、マリスビリーが参加した歴史改変の聖杯戦争には、キャスター枠としてソロモンが登板するため、こちらにはメディアはいないです。
 メディアがいたら、最強の発想をする奴が自分以外にもう一人いて困りますから、キャスターの席をふさいでおきます。

 余談。
 偽典ソロモンは四名の有力なキャスターを挙げて、「彼らは根本を間違えている」という趣旨のことを述べます。

 

(ロマニ・アーキマン)
口だけの夢使い。神に等しいと語る仙人モドキ。
雪原の女王。救世主のなれの果て。
 
それなりに腕の立つ魔術師は数あれど、
そのどれもが根底から間違えている。
 
最強の魔術師とはどのようなものか―――
ここで身を以て教えよう。

『Fate/Grand Order』第二部 終章 序

 

 この四名はおそらくマーリン・太公望・スカディ・モルガン。

 キャスター最強ランキングにメディアさんは入らないのね……という反応をネットでちらほら見かけました。

 でも、ここにメディアが入っていないのは、彼女が「間違えていない」からかもしれませんよ。

 

 

■衛宮士郎はいるのかいないのか

 本稿で扱っている、FGOの「本来の」聖杯戦争において、衛宮士郎は果たして存在するのかしないのかというのは、気になるポイントです。

 FGOにおける冬木聖杯戦争は、他のFateと違って、「2004年が第一回だ」と作中で語られています。

 

(エルメロイ)
さて。君らの記録においては2004年の冬木市が
最初の聖杯戦争の開催地、という事になっているが。

『Fate/Grand Order』Fate/Accel Zero Order プロローグ

 

「事になっているが」というあたりに含みがあり、どうもこれには疑問符がつくよねと感じなくもないのですが、それを変数に入れたらまとまらなくなりますので、とりあえず「FGOでは2004年に第一回が行われた」と想定します。

 2004年が第一回だということは、1994年に第四次聖杯戦争が行われなかったということであり、衛宮切嗣は聖杯戦争に関与しなかったということになり、冬木大災害も起こらなかったことになります。
 衛宮士郎は被災することも切嗣に拾われることもなく、実の両親の元にいて、魔術師にはならなかったと考えられます。マスターになれません。

 聖剣の鞘が埋め込まれることもないので、アルトリアとの縁が生じないわけで、もし何かのまちがいでマスターになったとしても、アルトリアを召喚できるかはあやしいところです。

 ということで、ここで検討している聖杯戦争においては、衛宮士郎は無関係だという方向が有力そうです。

 ただ……いたほうが面白そうだし、いたとするとFGOにつながる部分もあるなという気はしています。
 というのも村正の依代として士郎が選ばれますね。マリスビリーは聖杯戦争で衛宮士郎と出会い、コイツ面白いなと思ったので、適当な英霊を彼に突っ込んで異星の使徒にしてみました、なんてのは、なかなか魅力ある想像だと思います。

 この想像の場合は、べつだん、衛宮士郎はマスターでなくともよい。衛宮士郎は、魔術師であるかないかに関わらず、遠坂凜と間桐桜が同時に恋をしてしまう難儀なポジションなので、それで物語に関わってきたということでもいい。

 ちなみにこの、マリスビリーは衛宮士郎に興味を持ったというのは全くの余談であって、「1.5部の英霊剣豪でたまたま偶然、衛宮士郎を依代に村正が現れた。それを見たマリスビリーだか異星だかが、コイツ使おうと思って異星の使徒に仕立てた」という、普通の考え方でも全然かまいません。

 ただ、言峰綺礼/ラスプーチンのほうはどうだろう?

 彼は「1.5部でたまたまそういう構成で出現した」ということがなく、いきなり「言峰綺礼を依代にラスプーチンが現れた」次第です。
 こっちのほうは、「言峰綺礼おもろいやんけ、異星の使徒にしたろ」が十分あり得る気がします。
 この場合は、ラスプーチンを呼んだら言峰綺礼がついてきた、のではなく、言峰綺礼を呼んだら中身が自然にラスプーチンになったという物語になります。

 そういう物語を想定するなら、この聖杯戦争の盤には言峰綺礼がいたことになります。でもマスターだったかどうかはわかりません。聖堂教会からの監督役としてだけいたかもしれません。

 話を戻します。衛宮士郎は多分マスターではなかった。でも盤上には必ずアルトリアがいなければならない。
 じゃあ誰がアルトリアを召喚したのか。


■遠坂凜

 御三家からは誰が出場したのでしょうか。例えば遠坂家は?

 遠坂時臣が存命なら、彼が出場したはずです。その場合は、時臣はギルガメッシュを召喚した可能性があるでしょう。Fate/Zeroで示された通り、彼には触媒を入手するツテがありますものね。

 ただ、前述の第一部第一章プロローグ、あそこに出てきた三名の模擬戦闘サーヴァント。
 あの三名が「マリスビリーが聖杯戦争で出会ったサーヴァント」であるとするなら、この聖杯戦争にはアーチャー枠にアーラシュが登場した次第となるので、アーチャー・ギルガメッシュは登場できない。同じ理由でエミヤも登場できません。
(FGO本編の特異点Fにいたエミヤはコリジョンした正体不明の聖杯戦争のメンバーだという理解です)

 遠坂時臣がアーラシュを召喚した、は十分あり得る話ですが、それより面白いのはこうではないでしょうか。

 遠坂凜がセイバーアルトリアを召喚した。

 そもそも遠坂凜はエミヤではなくセイバーを召喚するつもりだったと『Fate/stay night』に書いてあります。でもセイバーとの縁が不可分的に強力な衛宮士郎が存在したことで(あと召喚時間を一時間間違えたことで)、エミヤが呼ばれることになったのです。

 いま検討しているFGOの本来の聖杯戦争は、衛宮士郎がマスター資格を持たないので、時間さえ間違えなければ遠坂凜はアルトリアを召喚できます。

 本稿の前提では、アルトリアを召喚したということは、直ちに「聖杯戦争に勝利した」という意味です。遠坂凜はきれいな聖杯に「巨万の富」という……マリスビリーがのちに歴史改編で叶えるのと同じ願いを叶えた。
 なんとその意味でも、本来の聖杯戦争と、歴史改編後の聖杯戦争は結果が一致し、修正力が働かなくなる。

(そういえばソロモンの「人間になりたい」と、アルトリアの「ブリテンの滅びを撤回して元の世界に戻って生きたい」は、「サーヴァントでなくなりたい」という意味では一致しますね)

 このタイムラインの遠坂凜は巨万の富を得て左うちわよオッホホホとなり、今後一切、宝石魔術の媒体に困らなくなる。
 ただし、遠坂凜は、肝心かなめのところで不運にみまわれる体質の女子です。巨万の富を得て左うちわになったはいいが、その結果をマリスビリーがまるごとなかったことにしてしまう。残念。

 FGOの冬木の聖杯は、サーヴァント七名の魂が全部たまると、人類すべてが魂物質化されてしまう仕様だと見受けられます。
 詳しくはこちらで。
 FGO:Dr.ロマン殺しの選択/終局特異点アバン読解

 しかし、マリスビリー視点では、FGOの世界は2004年以降も魂の物質化は実現していないので、遠坂凜はアルトリアを自害させなかったのでしょう。これは当然だよね。


■アルトリアは聖杯に貯まるの?

 と、ここまで考えて自分の思考にエラーっぽいものが発見されたのでそれを書いときます。

 聖杯戦争でアルトリアが敗れた場合、その魂は、大聖杯(または小聖杯)に蓄積されるのか? という問題があります。アルトリアはカムランの丘から冬木に来ていると自分で言ってます。彼女、倒されたら聖杯にはゆかずカムランに戻るのでは。

 いったん聖杯に蓄積されるとしても、儀式が成立したとき、アルトリアは座に戻ろうとするのか? 聖杯の真の目的はサーヴァントが座に戻ろうとする力を利用して世界の外殻に穴を開けることなので、座に戻らないなら威力が足りなくなるのでは……。

 これは、「アルトリアも聖杯に蓄積される」「帰還するときいったん座を経由する」と考えるなら、問題ありません。私はそっち寄りの解釈です。なぜなら、カムランから来ているとはいっても、彼女がサーヴァントであるというのは間違いないですし、聖杯の力で召喚されているのも間違いないところです。そして、聖杯というのは英霊の座へのアクセス権を持ち、それを使って英霊召喚をしているのですものね。

 でもそう考えない場合は、「聖杯戦争にアルトリアが召喚されている場合、儀式は絶対に完全成功しない」という条件付けになります。

 この場合、「聖杯戦争には必ずアルトリアが召喚される」のは、抑止力が聖杯戦争に送り込んだ毒。つまり、「絶対に聖杯戦争の儀式を成功させないことを目的に、抑止力がアルトリアと契約し、常に彼女を送り込んでいる」かもしれません。

 しかるに、終局特異点アバンタイトルでマリスビリーは「大聖杯にソロモンを除いた6人分のサーヴァントが蓄積された」という意味のことを言っています。

「アルトリアが聖杯に蓄積されない」という条件があり、さらに「ソロモンを除いた6人が聖杯に入った」が真なら、ソロモンが召喚した(という仮定の)セイバーはアルトリアではないことになります、ね。

 しかし、ソロモンが召喚したセイバーが、本稿の想定するような内容のロード・ログレスであった場合、問題はなくなるのです。本稿のロード・ログレスは、ホームズのような扱いの架空の英霊であり、カムランの丘からは来ておらず、英霊の座から来ています。問題なく聖杯に蓄積されることができ、英霊の座に向かって飛んでいくことができ、外殻を破壊する役に立ちます。

 といった次第で、うっかり「ソロモンがロード・ログレスを呼んだ説」が厚くなってしまいましたが、余談ここまで。本論に戻ります。


■シャドウサーヴァントたちと間桐桜

 FGOゲーム本編で描かれた特異点Fには、複数のシャドウサーヴァントが出てきました。

 これを、FGO本来の聖杯戦争、もしくはマリスビリー参加の歴史改変聖杯戦争で召喚されたサーヴァントだと思いたい気持ちがあります。よね?

 ですが、そうは思い切れません。なぜなら、各コミック版において、このポジションで登場するサーヴァントが全く別だったりするからです。

 FGOゲーム本編のシャドウサーヴァントは、

・ライダー:メドゥーサ
・アサシン:呪腕のハサン
・ランサー:武蔵坊弁慶
(・バーサーカー:ヘラクレス)

 

『Fate/Grand Order -mortalis:stella-』では、

・ランサー:メドゥーサ(推定。大人の女性の姿。アナではない)

 

『Fate/Grand Order-turas realta-』では、

・ランサー:メドゥーサ(推定。大人の女性の姿。アナではない)
・ライダー:ブーディカ(推定)
・アサシン:百貌のハサン

 

 これは単純に考えれば、「単に設定変更した」と捉えることができますし、そう考える場合は「このポジションの内訳はわりと何でも良かった」という裏事情が透けます。

 ただし、全ヴァリエーションにメドゥーサが登場するので、間桐桜はマスターとして参加していたと見ることができます。

 が。

「メドゥーサのような反英霊は、聖杯がアンリ・マユによって汚染されない限り、聖杯戦争に召喚されない」

 という設定があったはずです。

 そしてFGOの冬木の聖杯は、アンリ・マユに汚染されていません。だって第一回ですし、「巨万の富」という願望が、ペナルティなしに叶うのですものね。

 これをどう考えるかですが。

 本稿で扱っているFGO冬木には、「三つの聖杯戦争が重なっている」のです。

 

1a)本来の聖杯戦争。セイバー陣営が勝利した。
1b)マリスビリー参加の歴史改変聖杯戦争。1aを無効とし、キャスター陣営が勝利した。
2)コリジョンしてきた謎の聖杯戦争。聖杯が汚染されている。

 

 特異点Fで発見されるサーヴァント及びシャドウサーヴァントは、三つのうちどれに由来するのかがわからないという状況です。

 そして、「反英霊は聖杯が汚染されている場合のみ召喚される」設定が生きているなら、特異点Fに現れるすべてのメドゥーサは(ライダーもランサーも)、2番のコリジョン汚染聖杯戦争が由来ということになる。

(1aと1bの聖杯は汚染されていないので、消去法で、特異点Fの汚染状況は2番由来とするほかない)

 これを踏まえると、
「シャドウサーヴァントたちは、特異点Fで見られるからといって、FGO本来の聖杯戦争に召喚されていたとは限らない」
(コリジョン聖杯戦争の人かもしれない)
 となります。
 単純に彼らが内訳だとはいえないということですね。

 私の直感では、アルトリアオルタ、エミヤ、ライダーメドゥーサ、ヘラクレスは2番由来。コリジョン聖杯戦争から来たサーヴァントかなと見えます。その他は不定。

 ですが、これも直感ながら、「間桐桜がブーディカを召喚」は、わりとありえる話かなと思っています。

 1aと1bの聖杯戦争、聖杯が汚染されていない聖杯戦争では、メドゥーサは召喚できません。この条件の聖杯戦争に間桐桜がいるのなら……というか、間桐枠から出馬できるのは臓硯か桜だけなので桜がマスターの可能性は極めて高いのですが……メドゥーサの代理としてブーディカは面白い組み合わせだと感じます。

 というのもブーディカは一言で言えば、「すべてを奪われ、憎しみをつのらせ、それゆえに反逆する」というキャラクターであって、間桐桜の物語と極めて強力に響き合うからです。

 ただし。
 この場合、ブーディカとライダーメドゥーサとランサーメドゥーサが同時に特異点Fに見られることがおかしくなります。

 メドゥーサは、クラスが何であれ、汚染された聖杯戦争、2番の聖杯戦争にしか現れないはずです。

 そして2番の聖杯戦争は、現状の情報では、ひとつしかないはずです。
 なのに、二種類のメドゥーサが出現している。
「2番の聖杯戦争にはライダーメドゥーサとランサーメドゥーサが同時に存在した」とかいう突飛なことがないかぎり、現状はおかしいことになります。

 これは変だなあ、うーん、どうしようかと5分くらい考えましたが(1aと1bに別々のメドゥーサがいたことにはできないですものねぇ)、こういうのはどうでしょう。

「コリジョンのドサクサでランサー・クーフーリンがキャスター・クーフーリンになった余波である」


■オーディンまたやらかした

 本来ライダーだったメドゥーサが、ランサーになったというのがポイントだ。
 今ここに、本来ランサーだったものが、急にキャスターになった人がいる。

 

(賢人グリム=クー・フーリン)
カルデアの面倒を見てやれ、ってのが
オレに権能を譲渡した神サンの意向でね。
(略)
まずはX地点である冬木で神サンから権能を譲渡されて
キャスタークラスになって、カルデアと縁を作った。

『Fate/GrandOrder』妖精円卓領域アヴァロン・ル・フェ 19節

 

「権能を譲渡されてキャスタークラスになって」とおっしゃっているからには、クー・フーリンはそれ以前はキャスターではなかった。ランサーとして盤上に乗っていた。

 コリジョンのドサクサで、オーディンにオーディンパワーを注入されて、強引にキャスタークラスに変更された。

 すると、今までクー・フーリンが座っていたランサーの席が空席になった。

 これまでは、「FGOの冬木には三つの聖杯戦争が重なっている」としてきましたが、もっと厳密にいえば四つが重なっているのです。


1a)本来の聖杯戦争。
 ランサー・クーフーリンがいたかもしれない。

1b)マリスビリー参加の歴史改変聖杯戦争。
 ランサー・クーフーリンがいたかもしれない。

2)コリジョンしてきた汚染聖杯戦争が、コリジョンする前の状況。
 ランサー・クーフーリンとライダー・メドゥーサがいたかもしれない。

3)ぐだマシュ参加の汚染炎上都市冬木。コリジョン後。
 キャスター・クーフーリンがいる。そしてランサー・メドゥーサがいる。


 ようするに、FGO冬木の聖杯戦争に、どこか別の聖杯戦争が衝突してきてぐじゃぐしゃになった。
 その瞬間、オーディンが「いまだ!」とかいって、オーディンパワーを注入。
 それによって、どこか別の聖杯戦争の参加者だったクー・フーリンとメドゥーサはクラス変更されて、特異点Fに出現したのだというアイデアです。

 3番の「ぐだマシュ参加の汚染炎上都市冬木」の盤上に自前のキャスターを乗っけるために、オーディンが横やりをかまして、クー・フーリンをランサーからキャスターに変更した。
 するとランサーが空席になった。
 七騎士全種がそろわないと、聖杯戦争としての体裁をなさない。どうしよう。

 FGO第一部第一章で特異点Fを書いたときには、奈須さんはたいそう忙しくてわちゃわちゃしていたので(多分)、
「ここは適当な埋め草でいいや、日本が舞台だから弁慶で」
 くらいで、空いたランサー枠に武蔵坊弁慶を置いた。

(FGO第一部第一章ゲーム本編の登場サーヴァントにおいて、『Fate/stay night』と一致しないメンバーは武蔵坊弁慶のみ)

 だけどその後、物語を書き進めて、自作への理解が深まっていくと、

「あ、クー・フーリンがキャスターにされた代わりに、ランサー適性のある他のサーヴァントがランサーに変更されるというのはアリだな」

 と思いつく。
 オーディンが、クー・フーリンのついでにメドゥーサをクラス変更したことにしよう。

『Fate/stay night』のメンバーでランサー適性がありそうなのはアルトリア、ヘラクレス、メドゥーサなので、ここでメドゥーサが選ばれる。ハルペーで刺されたという逸話を拡張すればいい。本編にアナも登場させたことだし。

 FGOのコミック版が複数展開することになったので、この新しい設定を、ここから導入する。

『Fate/Grand Order-turas realta-』と『Fate/Grand Order -mortalis:stella-』(ともにコミック版FGO。両方で特異点Fが描かれる)において、共通して登場するのがランサー・メドゥーサだ。
 ランサー・メドゥーサをマシュが倒すところが、最序盤の盛り上げどころとなる。

 二つのコミック版FGOにおいて、シャドウサーヴァントのメンバー変更が行われた理由は、ランサー・メドゥーサを出すため。それによって「何か見知らぬ力(ここではオーディン)の干渉が行われている」という裏事情を透かすためだ。

 ランサー・メドゥーサが大人の女性の姿をしており、つまりランサーではあってもアナ(幼少メドゥーサ)ではないというのがポイントだ。
 ランサー・メドゥーサを大人の女性として描くことで、大人の女性だったライダー・メドゥーサとの関係性(完全同一人物)をほのめかせる。アナのような純真なメドゥーサではないですよ、ライダー・メドゥーサの憎悪をそのまま持った存在ですよ、槍ニキとキャスニキの関係ですよという表現になる。

 同時に、アサシンとライダーの内訳も変えておく。そうすることで、「特異点Fには、同一クラスの複数のサーヴァントがいる」という描写とする。
 そういう描写を入れれば、「この特異点には、複数の世界線が入り交じっている」ということの伏線となる。

 特異点Fは、呪腕と百貌とブーディカとメドゥーサ二種と武蔵坊弁慶が同時にいていい空間だし、その全てがここにいますよ。ただし、たまたまその中でぐだが遭遇したのが、ライダーメドゥーサと弁慶と呪腕ですよ。
(コミック版では、たまたまランサーメドゥーサとブーディカと百貌に遭遇しましたよ)

 そういうかたちが作れる。

 ……というようなことが起こっていたのではないかと想像したわけです。


■まとめ(ない)

 ここまでの話をふまえて、1a本来の聖杯戦争にどのサーヴァントがいたのかをまとめようかと思ったのですが、やめておきます。それを書いたら、ああ、これが結論なんですねと読まれてしまいそうだ。

 とりあえず、私の頭の中から出てきたなんかおもしろそうなことを書き出しました。終章楽しみですね。以上です。

 

■20251218追記・特異点Fの宝具の痕跡

 ちょいと与太話を思いついたので書き足します。

 特異点Fのマップには、謎の宝具の痕跡(推定)がありますね。
 遠坂邸と北東の海岸を結ぶかたちで、直線上に地表がえぐれていて、おそらく大規模な宝具が発射された痕跡だろうとみられる。

 海岸から遠坂邸に向けて発射されたのかもしれないし、遠坂邸から海岸に発射されたのかもしれない。

 さらにわからないのは、どのタイムラインで発射が起こったかだ。1bマリスビリー参加の改変聖杯戦争なのか、2のコリジョン汚染聖杯戦争なのか、3のぐだマシュ参加汚染炎上都市冬木なのか。

 これについては通説的に「遠坂邸に降臨した聖杯を誰かが破壊しようとした」もしくは「遠坂邸にあらわれた空想樹を何者かが破壊しようとした」という方向がよく語られているのを見ます。私もそういう方向かなと思ってはいるのですが。
 こういうのはどうでしょう。

 ソロモンのセイバーが、遠坂凜を射殺するために、全力エクスカリバーを発射した。

 以下説明します。


■遠坂凜のレイシフト条件

 FGOにおける遠坂凜は、イシュタルの依代です。

 第六特異点メソポタミアのウルクの巫女たちは、都市神イシュタルを召喚しようと画策しました。
 その方法は、まず、過去から未来にかけて、精査可能なすべての歴史の中から、イシュタルの依代となりうる人物を探し出す。
 その結果、2004年ごろに遠坂凜がいるのを見つけ出した。

 ウルクの巫女は、まず2004年の遠坂凜にイシュタルを降臨させる。
 続いて、イシュタルごと遠坂凜を、強制的に第六特異点にタイムスリップさせる。

 するとあらふしぎ、第六特異点のウルクに遠坂凜の姿をしたイシュタルが出現しました。

 ……と、こんなことがテレビアニメ版絶対魔獣戦線で語られていた記憶です。いや、ゲーム版だったかな?

 さてこの話を真に受けるのなら、ウルクの巫女は、実体を持った人間を、実体を持ったままタイムスリップさせることができる。ということになります、ね。

 本当にできるのならものすごいことだけど、本当にできるの?

 FGOには、タイムスリップの技術があります。レイシフトと呼ばれています。そしてレイシフトで移動可能なのは情報のみであり、実体は移動できないとモルガンが述べています。

 モルガンにすらできないことが、人間の巫女に可能なのだろうか、いくら神代だといっても。

 でも実際にそういう現象が起きているのだから、可能とするほかありません。たとえばこんな整合をつけてみましょう。

 レイシフト(タイムスリップ)は情報しか送れない。これは絶対的なルールだと感じるので、厳守する。
 第六特異点のバビロニアは神代だ。神が実在した時代です。
 今ここにイシュタルがいないという事象は、「イシュタルが霊体化して姿を消し、長い年月がたって、その存在が希薄化してしまったから」だ、くらいに理解する。

 そこで、イシュタルが憑依した2004年の遠坂凜を、「情報だけ」この時代にレイシフトさせる。

 すると、霊体化して希薄化したイシュタルに、遠坂凜の強烈な自我を持った本物のイシュタルがガーンとぶつかりおでこ同士がごっつんこする。ショックで霊体化と希薄化がキャンセルされ、そこには実体化したイシュタルが現れる。

 ようするに、姿が見えないだけでこの時代の当地にはイシュタルは存在するんだと規定する。そこに強い自我を持ったイシュタル自身をぶっつけてやれば、イシュタルはハッと意識を取り戻して実体を持った状態に戻るんだ、ついでにイシュタルの意識はレイシフトで上書きされて遠坂イシュタル状態になるんだという理解です。

 そこまでのことをよしとしましょう。良しとして下さい。

 レイシフトにはもう一つ条件があります。コフィンなしでレイシフトした場合、元の場所にいた実体は消滅する。
(なお、レイシフトについての詳しい説明はこちらで)

 ということで、この想定の場合、2004年に生きていた遠坂凜は、瞬時にパァンと霧散して消滅しなければならない。


■直後に即死する依代

 瞬時にパァンと霧散して消滅させるのはさすがにあんまりだ、と、ウルクの巫女長には考えていてもらいたい。あんまりにもかわいそう。

 そこで、ウルクの巫女にはこう考えていてもらうことにします。

 元の場所にいた実体が、瞬時にパァンと霧散する理由は、「彼女がここにいる以上、元の場所には存在するはずがない」という整合が自動で取られるためだ。

 ということは、何らかの方法で、元の場所において「不存在である」という判定を作ることができれば、瞬時にパァンで即死は発生しない。

 そして、死というのは、究極の不存在だ。死んだ人間はここにはいない。

 なので、依代の選考条件をもうひとつ設定する。この依代が、レイシフトの関与がなくとも、ただちに即死する運命であること。

 ウルクの巫女は、「イシュタルの依代となりうる少女が」「(例えば)1分後に即死する」タイミングを探し出す。そして巫女はそれを見つけた。「遠坂凜が」「2004年の聖杯戦争で即死する」。

 この条件なら、「死すべき定めの遠坂凜を、別の時代で生存させる」という意味になる。この勝手な連れ去り行為は、命を救う行為になる。

 ウルクの巫女は、それを実行した。


■あわてるマリスビリー

 タイムラインは聖杯戦争1bです。マリスビリーが、ソロモンとセイバーをひきつれて冬木にやってきた世界線を想定します。

 遠坂邸に遠坂凜がいます。優雅にお茶を楽しみ、宝石をじゃらじゃらもてあそんでいた遠坂凜は、ふいに周囲に神代の魔力が満ち始めてギョッとします。

 一天ニワカにかき曇り、光の柱がどんと建つ。まばゆい光が冬木市全体を輝かせ、ハダカ同然のイシュタルの魂がスゥ~と天から降りてくる。ここで壮大なBGM。リヒャルト・シュトラウスでお願いします。
 あれよあれよのうちに体の中にイシュタルが入り込み、抵抗したりはしたものの、「なんかコイツ、他人とは思えないわね」と思ったが最後、二人は合体、ひとつの存在となり、凜イシュタルがここに誕生あいなりました。

 いっぽう、北東の海岸線ぞいにいたマリスビリーとソロモンとそのセイバー。

 突然の出来事にこちらもぎょっとする。

 なんだあれは。
 あれは、神霊クラスのサーヴァントだ。ばかな!

 サーヴァントを2人召喚するという裏技で、余裕ぶっこいて聖杯戦争を攻略していたマリスビリーは突然の展開に動揺する。8人目だと?
 7人のはずのサーヴァントに8人目がいた、は、冬木ではおなじみの展開なのだがマリスビリーはそれを知らない。ぷぎゃー。

 ともかく予定外の8人目が現れた。しかも神霊級だ。だが倒さねば聖杯は手に入らないだろう。相手がなんだろうと引き下がるわけにはいかない。

 ソロモンに命じて、セイバーに全力攻撃させる。
 令呪をありったけ回されたセイバー、「くらえ! エクスカリバー!」
 全力エクスカリバーが遠坂邸にズバンと着弾。大地がえぐれて、爪痕が残る。

 イシュタルと合体した凜、その直後に、エクスカリバーで消滅。

 凜が消滅したということは、その場において不存在になったということだ。つまり「元の場所において不存在となる」というレイシフトの条件を満たす。

 ということでウルクの巫女長は、凜を古代ウルクに連れ去ることが可能となった。凜をイシュタルごとレイシフトで過去に連れ去った。
(凜はエクスカリバーで消滅する直前に、レイシフトで連れ去られ霧散した、のでもいいのですが、面白いので上記のようにした)

 というような想像をすれば、「遠坂邸に向かう宝具痕」「遠坂邸にいたと目される遠坂凜」「現代から古代ウルクへ連れ去られる遠坂凜」「連れ去り方法はたぶんレイシフト」という条件が一直線につながるのでたいへん愉快だと思いました。

 この案のわれながら面白い点は、遠坂凜の死因が、因果さかさまになることです。

 ウルクの巫女は、「直後に即死する依代」を探して、2004年の遠坂凜を人選しました。どのみち即死する運命ならば、イシュタルを降ろしてウルクに連れ去って生存させてやろうと。

 ですが、「イシュタルを降ろしてウルクに連れ去る」という行為が、マリスビリーにエクスカリバーの引き金を引かせるのです。

 ようは、死すべき運命の少女を生かしてやろうという行為が、まさにその「死すべき運命」のトリガーだった。死ぬ少女を生かしてやろうと思ったが、死ぬ少女を生かしてやろうと思わなかったら、死ぬ少女は死ななかったのです。

 こういう因果のわやくちゃ、奈須きのこさんが大好きそうなやつ。以上、20251218の追記ここまで。


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FGO:空にあいた穴の謎(本当の地球はどこにあるのか)

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 本稿では『FGO』、オルガマリークエスト4(ステラマリー戦)の結末で示された、とある衝撃的な事象について取り上げます。以後内容を明かしますので各自ご対応ください。

 
FGO:空にあいた穴の謎(本当の地球はどこにあるのか)
 筆者-Townmemory 初稿-2025年10月4日
 [奏章4およびオルガマリークエスト4までの情報を元にしています]
 

■その事象とは

 オルガマリークエスト4のラストで、空がガラスみたいにぱりっと割れ、その向こうには虚無しかなかった(宇宙がなかった)という事象がありました。

 それについて、「え?」とか「ほぉ」とか「は?」とか「ムムム」とか、まあいろんな想念が去来したのですが、私はたまたま同時期にミステリ関連の書物を読んでおり、

「あ、これを『後期クイーン的問題』で説明したら、他のことも説明できて面白い感じになりそう」

 という気づきを得ました。以下それについて語ります。


■後期クイーン的問題とは

「後期クイーン的問題」(後期クイーン問題)という問題意識が、ミステリ業界にはあります。法月綸太郎先生が初めて指摘して、笠井潔先生が賛同して、ここ30年の国内ミステリにおける重要なトピックになりました。

(以下お二方は敬称略します。法月綸太郎を呼び捨てにするのはすごく抵抗がありますが)

 後期クイーン的問題とは何なのか。私が理解した範囲内でつづめて言うと、

「作品の中に、必要な証拠が過不足なくそろっていて、そのすべての証拠を総合すると、ひとつの真相を指し示すことができ、別の真相などは決して指し示さない、そういう破綻のない完結した探偵小説世界を作ろうとしてみたが、そんなことは不可能だとわかった」

 法月綸太郎がエラリー・クイーンを研究していたら突き当たった問題なので後期クイーン的問題と呼ばれます。「後期」という言葉には、正直あんまり意味はないと思います。

 エラリー・クイーンは、「必要な証拠が過不足なくそろっていて、そのすべての証拠を総合すると、ひとつの真相を指し示すことができ、別の真相などは決して指し示さない」探偵小説を書こうとしました。それ以外の多くの作家もそこを目指してきました。

 その意識のあらわれが、クイーンの初期作品に見られる「読者への挑戦」であったりするわけです。

読者への挑戦
(略)
 技術的には、かくされた棒杭などはひとつもない。ジョン・マーコの死の物語のこの段階において、事実はすべて出つくしている。読者は、その事実をよせ集めて、ただひとりしかない、唯一可能の犯人を指さすことが、論理的にできるはずである。

エラリー・クイーン

エラリー・クイーン『スペイン岬の謎』東京創元社 井上勇訳

 

読者への挑戦
(略)
いまや、物語のすべての細目は、諸君の眼前にある。手がかりはふんだんにある、私は、そのことを諸君に保証する。適当な順序に配列し、そこから出る必然の推理をたぐれば、それらの手がかりは、ひとりの、可能な、唯一の犯人を、絶対にまちがいなく指向している。
《掟》を遵守するのは、私にとっては、面目の問題である。読者にすべての手がかりを提供し・・・・・・・・・・・・・・・、なにひとつ秘匿することがなく・・・・・・・・・・・・・・、フェアにプレイする掟・・・・・・・・・・。私は、すべての手がかりは、いまや、諸君の手中にある、という。私はさらにくりかえしていう、それらの手がかりは、不可避的に、犯人の型を決定するものであることを。
(略)

エラリー・クイーン

エラリー・クイーン『アメリカ銃の謎』東京創元社 井上勇訳(傍点は原文ママ)

 

 探偵小説にはパズル要素がありますから、「ここまでがパズルの出題で、ここからは解答です。ここまでの情報で、パズルは解けますよ」ということを宣言するわけですね。
 パズルは条件内で解けなければならないし、答えは原則一つでなければなりません。クイーンは、そして多くの探偵小説家は、そこを目指してきました。それは言い換えれば、閉じた空間のなかに、矛盾や過不足のない、ひとつの完結した世界を作ろうというようなことでした。

 法月綸太郎もそれを目指した探偵小説作家のひとりです。が、かれは、数学において「ゲーデル問題」(ゲーデルの不完全性定理)というのがあることを知ります。

 私は数学が苦手なので、正直手に負えないのですが(だから多少おかしくても見逃してくださいよ)、私がギリ理解した範囲でいうと「ゲーデルの不完全性定理」とは、

「《数学》という、ひとつの閉じた世界があると仮定しよう。この世界においては、すべてのものごとが必ず数学によって証明もしくは反証できるにちがいない。でも、確かめてみたら、そんなことは無理だとわかった」

 具体的には、「数学という閉じた系の中の情報だけでは証明できない命題を見つけてしまった」。
 これを証明するためには数学の「外側」にあるものを持ち込まないとダメだ、ということがわかった。

 これを見た法月綸太郎は、「これって探偵小説みたいじゃないか」「クイーンの作品が、年を追うごとに破綻スレスレになっていくのを見るようじゃないか」と思われたのですね。

「数学という閉じた世界が宿命的に《不完全》であるしかないのなら、探偵小説の世界もまたそうなんじゃないか」
「作品の中に、完全性をそなえた閉じた世界を作るなんて不可能なんじゃないか」


■メタにならざるをえない探偵小説

 そこでまず疑問が呈されたのは例の「読者への挑戦」です。

 エラリー・クイーンの探偵小説は、探偵エラリーが挑戦して解決した事件を、エラリー自身が文章にまとめて出版したという建て付けになっています。
(だから、探偵の名前がエラリー・クイーン、本の著者名もエラリー・クイーン)

 前掲の引用の通り、読者への挑戦は、
「手がかりはすべて示された。これで解けるはずである」
 と宣言しており、エラリー・クイーンの署名が入っている。

 が。

「手がかりはすべて示された」という保証など、探偵エラリーにはできないはずである。

 なぜなら、探偵エラリーがほんとうに全ての手がかりを見つけたかどうかは、探偵エラリーにはわからないからだ。
 探偵エラリーが得意げに披露する真相とは、探偵エラリーが見つけることのできた手がかりの範囲内において到達できる真相にすぎない。

 もし、別の真相を指し示す未知の手がかりが存在し、それを探偵エラリーが発見できなかったとすれば、それは即座に、探偵エラリーの見つけた真相は間違いだったということになる。
 そして、未知の手がかりが決して存在しないことを、探偵エラリーは知ることが出来ない。なぜなら、探偵エラリーは作中の人物であり、作中の人物には、どこまでが作中なのかがわからないからだ。

 クイーンの小説に書かれた事件が、もし現実に起こった事件だったとしたらどうだろう。それはすなわち、作品の周辺にも世界があるということだ。
 作品の周辺とは、探偵クイーンが足を踏み入れていないすべての空間のことを指す。
 そこに探偵クイーンは足を踏み入れていないのだから、そこにあるかもしれない情報を探偵クイーンは手に入れることができない。そこにあるかもしれない情報を手に入れていないし、そこに情報がないことを確かめてもいない探偵エラリーは、なぜ「手がかりはすべて示された」などと言えるのか。

 別の言い方をするなら、「手がかりはすべて示された」と保証する能力のある、エラリー・クイーンと書かれた署名における、「エラリー・クイーン」とは誰なのか。

 それは、探偵エラリーではないことはすでに示した通り。
 そして、「探偵エラリーが経験した事件を手記にまとめた著者エラリー」でもない。なぜなら、入手できる情報が探偵エラリーと同じだから。同一人物だからです。

「読者への挑戦」において、手がかりはすべて示されたと保証できる署名者エラリー・クイーンの正体とは、

「この事件を実際には経験しておらず、この本に書かれたすべてのことを自分の頭からひねりだして創作した、作者エラリー・クイーン」

 でしかありえません。

 なぜなら、作者エラリー・クイーンは、この作品内世界が創作された架空のものであることを知っています。
 言い換えれば、「この作品の周りに周辺空間というものは存在しない」ということを知っている/決められる立場です。

 そして、未知の手がかりは周辺空間に存在するものなので、彼は、
「未知の手がかりというものは一切落ちていない」
 ということを知っている/決められる立場だからです。

 ようは、この世界は創作されたものであり、この世界は書かれた範囲内しかなく、虚無の中にぽっかり浮かんだものであることを知ることのできるメタ視点にしか、「手がかりはすべて示された」と保証することはできない。

 つまるところ、作者からの「手がかりはこれで全部ですよ」というメタ的な保証がないかぎり、
「必要な証拠が過不足なくそろっていて、そのすべての証拠を総合すると、ひとつの真相を指し示すことができ、別の真相などは決して指し示さない」
 という作品世界など成立しようがない。

 これは「数学の外側から何か持ってこないと数学って完全にならないよね」というゲーデル問題とそっくりだ、と法月綸太郎は思ったのだと思います。

 
 さて、「後期クイーン的問題」にはもうひとつ重要なトピックがあって、これも同様の結論を導きます。

 クイーンの作品は、書き継がれるにつれ、奇妙な方向にややこしくなっていきます。具体的には、

「真犯人が、ニセの手がかりとニセの真相とニセの犯人を用意し、それを探偵エラリーに暴かせる。それは、ニセ犯人をエラリーに断罪させることで、ニセ犯人を破滅させるためだった」

 といった方向性でした。じっさい探偵エラリーは、いったんニセ犯人を犯人として指名してしまい、その後、「いかん、あれは間違ってた」と慌てることになります。

 これは言い換えれば、
「探偵エラリーは、《この事件はここからここまでの輪っかの範囲内で起こっている》と思い込んだが、実際は、輪っかの外側に外周部分があり、真相はその外周にあった」
 ということです。

 じゃあ、探偵エラリーがこれまで解決してきた事件も、同様だったかもしれないではないか。

 これまで探偵エラリーが告発してきた犯人は、実はメタ真犯人によって陥れられた被害者かもしれない。そうでないことを探偵エラリーは知ることができない。

 そうでないことを探偵エラリーは知りようがないのだから(実際その方法でだまされているのだから)、これまで解決してきた事件は、このことひとつで、すべて真実性があやしいものになってしまう。

 そして、ここでいう「真犯人」もまた、メタ真犯人に陥れられたニセ犯人かもしれないのです。そのメタ真犯人も、メタメタ真犯人に陥れられているのかもしれず……。けっきょく、「閉じた探偵小説世界」は、閉じたような気がしていたが、実は無限に外周を想定できる以上、真相を固定することは不可能なのです。それをクイーンは自らの作品であきらかにしてしまった。

 そうやって、メタメタメタ真犯人、メタメタメタメタ真犯人……と話をたぐっていくと、最終的にたどりつくのはやっぱり作者。探偵を操って、自分に都合のいい真相を導いているのは究極のメタレベルにいる作者であるし、「メタメタ真犯人なんて存在しないですよ、この本の最後に書かれているのが本当の真相ですよ」と言えるのも作者しかない。

 結局のところ、「必要な証拠が過不足なくそろっていて、そのすべての証拠を総合すると、ひとつの真相を指し示すことができ、別の真相などは決して指し示さない」という状態を作るためには、この世界すべてを俯瞰し、「この世界はこれだけで全てです」ということを認知できるメタ視点が絶対的に必要だよね、それなしには、探偵小説の世界は完結性をもちえないよね。

 この世界を外部から保証する神か作者の視点がないかぎり、探偵小説の世界が完結性を持ち得ないとするのなら、それってつまり、探偵小説の世界はそれ自体では完結しえないってことだよね。

 探偵小説の作者たちは、作品内の世界がそれ自体で完結性を持つという世界をつくりあげようとして、これまで努力を重ねてきたわけだけど、それって構造的に不可能だよねってことが明らかになってしまいましたね、どうしましょう……というのが、「後期クイーン的問題」ということになります。少なくとも私はそういう理解です。

(このへんで『うみねこのなく頃に』の読者の皆さんは、ハタと、「うみねこって後期クイーン的問題が示唆するさまざまな現象を読者に実体験させる物語だったのかも」と思いついていただいても、私としてはさしつかえありません)

 余談ですが、後期クイーン的問題のことを、「後期のクイーン作品には問題が(瑕疵が)ある」という意味として捉えている人がたまにいるようです。そうではなくて、

「クイーンの作品を読み込んでいくと、探偵小説が不可避的に持つことになる限界につきあたる。その限界に対して、我々作者はどう対応するのか」

 という、「実作者側に」つきつけられた問題だと思います。余談ここまで。

 
 さて、奈須きのこさんはこの話を絶対に知っているわけです。


■後期クイーン的問題への奈須きのこ的アプローチ

 奈須きのこさんは探偵小説の熱心な読者です(とご自分で言っています)。ことに「新本格」と呼ばれる世代の探偵小説に造詣が深い。

 そして、新本格以降、さまざまな探偵小説において、「後期クイーン的問題にどう対応するのか」ということがさかんに試みられてきました。
 それを読んできた奈須きのこさんが後期クイーン的問題を知らないなんてことはありえない。

 さて、ここからは私の推測。

 後期クイーン問題を知り、「探偵小説は、この世界はこれで全てですと保証するメタ視点なしには成立しえないジャンルである」ということを認知した奈須きのこさんは、

「これって、伝奇小説においても同じことが言えるとしたら、どうなる?」

 ということを考えたはずだ、と私は考えるのです。

 自分の書いているような伝奇小説においても、世界を保証するメタ視点がなければ、伝奇世界としての完結性を持ち得ないんじゃないかと考えた(だろう)奈須きのこさんは、
「根源というメタ視点があって、それで初めて世界は実在しうる。もしそれがなければ世界は存在しない」

 という設定を思いつき、これを自作の世界観の中心にすえた。

 根源はメタレベルに位置する作者だし、魔法使いは作者にアクセスできるメタ探偵だ、というような見立ては可能だろう。ちなみに法月綸太郎が後期クイーン問題を論じ始めたのが95年で、『魔法使いの夜』が書かれたのが96年なのでめちゃめちゃに敏感だ。

 そういう設定を中心に置いた上で、時は流れて『FGO』では、

「《閉じた小さな世界を作って、その中を完結的にしよう》と画策する中ボスのところに、俯瞰視点をもつ主人公がやってくる」

 ということがくりかえし描かれる。
 特異点のいくつかがそうだし、異聞帯のほぼ全てがそれだ。
(オシリスの砂が画策したこともそういえるかもしれない)

 このあたりは、「後期クイーン的問題と伝奇」というテーマが頭の中にしみこんでいる奈須さんから自然に出てきたものと解してもかまわないんじゃないか。

『FGO』には、カルデアスという、地球の素敵なミニチュアがある。その中には、自然があって、文明があって、人間がいるそうです。つまり閉じた完結的な世界だ。
 そしてそれを一人の人物が作った。

「メタレベルの作者が、下位の閉鎖的完結的世界をつくりだし、世界とその外側との境界線がはっきりしている」
 これは後期クイーン的問題が(ふんわり)示した「破綻なく完結する世界」の成立条件そのものだ。


■空にあいた穴

 オルガマリークエスト4のストーリー末尾において、空で大爆発が起きました。その際、星空がひび割れ、めくれたように穴が空き、その向こうにはまったく何もないという事象が観測されました。

 

(ネモ)
ソラが……割れてる……?

(ダ・ヴィンチ)
いや。プラズマ球の爆発で、
空想樹の天幕に穴が空いたんだ。でも―――

(ゴルドルフ)
天幕は地球を覆っていた壁であり、
青空は天幕に表示された作り物の映像だった……。

それはとうに知っている。
その天幕が開いたのなら本当の宇宙が見える……

はず、なのだが……

(選択肢)
宇宙が、無い
(選択肢)
地球の外には、何も無い―――

『Fate/Grand Order』オルガマリークエスト4

 

 空に穴があいた。空の天幕の向こうには、あるはずの宇宙が無かった。

 これはいったいどういうことか、について、作中に解はありません(現状では)。

 私は最初、これを、
「我々が地球だと思っていた場所は、実はカルデアスだった」
 という真相解明かなと認識しました。

 まあそんな感じでいいかなとは思ってはいたんですが、「でもちょっと違うような」という感覚もありました。

 そういう感覚を持っていたところに、たまたま後期クイーン問題のことを勉強しなおして、ちょっと認識が変わりました。ということでここからが本論です。

 後期クイーン問題は、
「探偵小説世界はメタ視点の保証なしに完結性をもつことはない」
 ということを示唆します。

 これは、探偵小説世界のみならず、すべての物語世界においてもいえるのではあるまいか。
 おそらく奈須きのこさんはそう考え、自分が主宰する伝奇世界に、この仕掛けを持ち込みました(推定)。この稿の前段までで、そういったことを(私は)語りました。

 で、さらなる推定となりますが、奈須きのこさんはさらに思考を進めて、このようなことも考えたかもしれない。

 これは、すべての物語世界のみならず、我々が住んでいるこの現実世界においてもいえるのではあるまいか。

 ぐだや私たちは、地球のことを「矛盾や過不足がない、完結したひとつの世界」だと思っています。

 でも、今ここに、
「矛盾や過不足なく完結した世界を成立させるには、メタレベルからの保証が必要だ」
 という条件が存在するならば?

 なら、地球が完結したひとつの世界であるためには、メタ世界からそれを保証するメタ視点が必要となるのではないか。


■地球マトリョーシカ

 今、作中に「カルデアス」というミニチュア地球があります。

 カルデアスには地球とまったく同等の環境と文明と人類があって、完結したひとつの世界として成立している。
 カルデアスは、オリジナルの地球というメタ視点があって初めて、完結性を持ちうるものとする。
(だって、カルデアスは地球上の個人が製造したものですからね。いわば、作者が作品世界を見下ろしているようなもの)

 これをさらに、以下のように言い換えていく。

・地球人は、下位世界としてカルデアスを作った。
・カルデアスはひとつの完結した世界であり、地球との置換が可能なほど、地球同等である。
・ならば、カルデアス人類は、下位世界として、下位カルデアスを作ることが可能なはずである。
・下位カルデアスは、カルデアスや地球と同等であるはずだから、さらに下位の、下々位カルデアスを作ることができるはずである。

 このように、地球の下には、無限に下位カルデアスが連なっているはずだと想定できます。

 そして、

・地球は完結性のある世界である。
・完結性のある世界を成立させるためには、メタ(上位)世界の保証がないといけない。

 という仮定がいまここにありますから、

・地球が完結性のある世界だとしたら、それはメタ地球からの保証があるからだ。

 つまり、
「我々がオリジナルの地球だと思っているものは、実はメタ地球から見たカルデアスなのではないか」
 と考えることができます。

 このメタ地球についても、下位世界の例と同じようなことがいえる。メタ地球は、メタメタ地球から見たカルデアスかもしれない。
 メタメタ地球は、メタメタメタ地球から見たカルデアスかもしれない。
 メタメタメタ地球はメタメタメタメタ地球から見たカルデアス。

 そういうのが無限に続くので、想定可能なすべての地球はカルデアスであることになる。

 オリジナル地球は、メタメタメタのつながりのいちばんメタ部分にある。
 ただし、いちばんメタ部分のオリジナル地球は、メタオリジナル地球の産物なので、即座にオリジナル地球ではなくなる。

 このメタメタメタメタメタ地球の連なりですが。
 後期クイーン問題問題における、犯人を陥れるメタ犯人、メタ犯人を陥れるメタメタ犯人、メタメタ犯人を陥れるメタメタメタ犯人……というように際限なく外側にふくらんでいって、真相の位置(真犯人の位置)が無限に後退していってしまう、例のあの構造と同一です。

 後期クイーン問題を考えるときに、真相の位置が無限に後退してしまうのと同様に、オリジナルの地球の位置は無限に後退していってしまう。

 とまあ、このような感じで、地球とカルデアスの関係は、無限マトリョーシカのようなものとして理解が可能そうだ。
(注:あとで別のモデルを提唱します)

 このモデルを想定する場合、地球というのは無限の入れ子構造になっていて、そこに連なっている地球のほとんど全部がカルデアスなのである。
 カルデアスの外側には宇宙はないので(たぶん)、無限に連なるほとんどの地球の外に、宇宙はないことになる。

 とまあ、ひとまずこのように考えると、地球の外に宇宙がなかったという事実は、そんなに衝撃的ではなくなります。だって、ほとんどの地球に宇宙はないんだから。

(そしてこの部分もまた、「世界の周囲に周辺空間などないことを、メタ世界からの視点で保証することにより初めて成り立つ探偵小説世界」という話と奇妙に一致する)

 ただしそのかわり、私たちが守りたいと思っている地球に、「特権性は一切ない」ことになります。だって無限につらなる地球コピーのひとつにすぎないのですからね。

 そうなると、当然のようにひとつ疑問が出てきます。
「本当のオリジナルの地球はどこにあるの?」

 通常で考えれば、マトリョーシカの一番外側に、オリジナル地球があるはずです。

 でも、このモデルの場合、無限にメタ地球を想定可能なので、マトリョーシカの一番外側にあるはずのオリジナル地球はどんどん外側に向けて遠ざかっていき、果てがない。

 このモデルだと、オリジナル地球は「絶対に捉えることのできない仮想上の存在」だ。
 コピー地球(カルデアス、下位地球)はここに無限にあるのに、オリジナル地球は誰も見たことのないものとなる。だって、オリジナル地球は、発生した瞬間にオリジナルであるという属性を失って、コピー地球になるのですから。
 これだと考えようによっては、「オリジナル地球など存在しえない」というのとほぼ同じ。
 本当にそれでいいのか? 宇宙はオリジナル地球の周囲にしか存在しないから、「宇宙など存在しない」というのと同じ意味になっちまう。

 そこで、こういうふうに考え直したいと思います。
「カルデアスが地球を生成したのだ」と。


■メタ地球を作ったのは誰か

 話の流れをものすごく雑に要約して、もっぺんおさらいしますが、

・地球が下位地球としてカルデアスを作った。
・てことは地球はメタ地球が作ったカルデアスのはずだ。
・だからメタ地球が存在する。

 これをさらに恣意的にシュリンクすると、

・カルデアスを作れたってことは、メタ地球があるってことだ。

 これって、もはや、こういうことでしょう。

「メタ地球を生成したのは地球だ」

 メタ地球が地球を生成したのではなく、地球がメタ地球を生成したのである。話の流れからいって、そうでしょう。
 だって地球がカルデアスを作らなかったら、地球がメタ地球のカルデアスである可能性がそもそも発生しないんですもの。「メタ地球が地球を作ったのだが、地球を作った者という設定があるメタ地球なる存在は地球が生成した」のです。
(まったくの余談だけど、これ、神が人間を作ったのではなく、人間が神を作ったのだ、みたいな話で個人的にエモい)

 こう考える場合、オリジナル地球の位置は、マトリョーシカの一番外側でなくてもよくなるのです。
 オリジナル地球は、無限マトリョーシカの「どこかの位置」にある。一つずつたぐっていけば、どこかで引き当てられる。たどり着こうとすると永久に遠ざかるような始末ではなくなる。
 宇宙の位置も、無限マトリョーシカのどこかの位置に必ずある。必ずあるので、「宇宙なんてもはやないのと同然になっちまった」という話は無効となる。

 しかしそうなると、以下のような疑問が出てくる。

「地球がカルデアスを作り、地球がメタ地球を生成したのなら、カルデアスとメタ地球の違いはいったいどこにあるのか」


■無限の串団子

 地球がカルデアスを作り、カルデアスは地球上にあるので、カルデアスは下位地球である。これは(ひとまず)いいでしょう。でもその次は?

 地球がメタ地球を生成した。地球はメタ地球上にある。
 でも、地球がメタ地球を生成したんだからメタ地球は下位地球なんじゃないの?

 そして、

 地球がカルデアスを作った。でも、地球が作ったメタ地球が上位地球であるのなら、カルデアスだって上位地球の資格があるんじゃないの?

 このように考えていくと、カルデアスとメタ地球の差はなくなってしまう。もはや同等のものとしか思えない。

 これ、「地球を作ったメタ地球は地球が作った」というすごいパラドックスなんです。そしてパラドックスはTYPE-MOON世界観の独自性の源泉だ。なにしろ「マトに当たってから槍を投げる」世界なんですからね。

 このパラドックスな事態が成立してしまうなら、自動的にこうなるのです。

「カルデアスを作った地球はカルデアスが作った」

 この話の着地点は、
「カルデアスが地球上にあるからといって、カルデアスが下位地球だとはかぎらない」
 ということだ。
 カルデアスは地球上にあるが、地球を生成したのはカルデアスかもしれないのだ。

 ここにおいて、カルデアスと地球とメタ地球のあいだに、上下の差は見いだされないという新たなモデルが発生しました。

 これまでは、カルデアスと地球とメタ地球は、マトリョーシカモデルで説明できました。でもこの三者に上下がないのなら、もはやマトリョーシカではなくなります。

 例えるならば、カルデアスと地球とメタ地球が一本の串にささってる串団子みたいな構造となる。

 そして、カルデアスがカルデアスを作り、メタ地球がメタメタ地球を生成することは以前と同様なので、この串団子は無限の長さがあり、今も無限に長さを伸ばし続けている。

 さて、作中において、カルデアスと地球は置換可能だということが示されています。


■オリジナル地球の位置は可変となる

 置換魔術というのがあって、構成と情報量が同じものは入れ替えが可能だそうです。これをもって、カルデアスと地球の地表が入れ替えられたことになっています。

 それはそれでいいんですが、入れ替え可能なのは表面だけではないんじゃない?

 地球とカルデアスとメタ地球はおそらく構成と情報量が同じだ。この三者は相互にまるごと入れ替えが可能なはずだし、もし入れ替わっていたとしてもこの三者およびそこに住んでいる人類は、入れ替わったことがわからない。

「構成と情報量が同じものは入れ替えが可能」ってことは、質量が無視できるということなので(でないと地表が入れ替えられない)、ますます、「この三者は同じ大きさのお団子」ってことになるわけですがそれだけではない。

 カルデアスのカルデアスと、カルデアスと、地球と、メタ地球と、メタメタ地球が同値であり常に入れ替えが可能ということは、

 地球の無限串団子の中で、「オリジナル地球」の位置は、常に移動が可能だということになる。

 オリジナル地球の位置は一定ではない。どこかの位置に固定されているわけではなく、串団子の無限直線のなかで、いったりきたりできる。

 ここで、こういう仮定を導入したらどうなるでしょう。
「表面やそこに住む人間などはそのままに、《オリジナル地球である》という属性だけを置換可能であったら?」

 これは、中身をごっそり置換するよりも簡単そうな魔術だ。だってラベルを貼り替えるだけですものね。

 ここにゴルドルフくんとコピーゴルドルフくんがいる。二人は組成も情報量もまったく同じなので置換魔術で入れ替えが可能。
 でも見分けがつかないから、おでこに「元祖」「コピー」っていうシールを貼って見分けている。

 このシールを最大級の勢いでベリッと剥がして、コピーのほうに「元祖」、オリジナルのほうに「コピー」のシールを貼りなおす。それで何が困るかというと、何も困らない。ゴルドルフくんとコピーゴルドルフくんに差はないので、コピーゴルドルフくんを今日からオリジナルとして扱ってもカルデアにはいっさい支障がでない。せいぜい、「来月からの給料はどっちに支払われるのかね……」と本人がぼやく程度。

 そんな感じで、《オリジナル地球》というシールだけを、地球串団子のなかで自由に貼り替えられるとしよう。そうすると、ものすごく変わることがひとつだけある。

「宇宙はオリジナル地球の周りにしかない」という条件があるからだ。

 オリジナル地球という属性を、無限串団子のどこにでも貼り替え可能なら、それは「宇宙が存在する位置」を、地球の連なりの中から自由に決められるということだ。

(ゴルドルフくんとコピーゴルドルフAくんとコピーゴルドルフBくんのうち、誰に給料を払うかを自由に決められるようなもの)

 そして、宇宙人は宇宙からやってくる。


■宇宙人はどこへ行くのか

 オルガマリークエスト4の冒頭で、ぐだの夢枕に立ったシャーロック・ホームズは、こんなことを述べました。

 

(解明者)
そう。宇宙人は実在する。
これはもう確定事項だ。残念ながらね。

『Fate/Grand Order』オルガマリークエスト4

 

 これを「本当に地球外生命体は飛来しており、地球白紙化は彼らが起こした」と理解する場合。

「オリジナル地球という属性を、地球串団子のどこにでも貼り替え可能」というのは、とりもなおさず、「どの地球に宇宙人を飛来させ、地球白紙化を起こさせるのかを自由に決められる」ということである。

 例えばですよ……。

 宇宙人を捕まえたので、地球人が、宇宙人を人体実験する。
 復讐のために、宇宙人の軍勢が、地球を滅ぼしにやってくる。
 そこでヒョイと、「オリジナル地球の属性」を、カルデアスに移す。
 すると宇宙人の軍勢はカルデアスにやってきて、カルデアスを滅ぼす。

 こんなことができるので、たいへん便利なのです。

 こんな事例がもしほんとに起こったとしたら、地球人の罪に対して、罰はカルデアスに与えられたこととなるので、カルデアス人類は激怒のあまり、ブルーブックを旗印にして、トラオム事変を起こしたくなるよね。

 というのが、「空にあいた穴」の問題に対して、私が思ったことです。以上です。


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FGO:Dr.ロマン殺しの選択/終局特異点アバン読解

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FGO:Dr.ロマン殺しの選択/終局特異点アバン読解
 筆者-Townmemory 初稿-2025年6月8日
[奏章4までの情報を元にしています]

 

 最終的には「我々はロマニ・アーキマンを殺す? それとも殺さない?」という話をします。

 本稿で取り上げるのは、FGO第一部の終章、終局特異点のアバンタイトルです。ようするに冒頭です。

 このシーンは、「2004年の聖杯戦争に勝利したマリスビリーとソロモン」の回想を描いています。マリスビリーは聖杯戦争に勝利して、聖杯に巨万の富を望むことで、カルデアスを完成させるので、重要な会話です。
 カルデアスが完成することで、地球白紙化が実現できるようになりますし、その地球白紙化を阻止しようとして、ゲーティアが人理焼却を開始しますから、物語の大部分の起点となってます。

 いっぽうソロモンにとっては、ここで「人間になりたい」という願望を表明し、ロマニ・アーキマン(Dr.ロマン)という人に変化し、物語の中心人物となっていきますから、これもターニングポイント。

 とても重要なことが描かれていることはひしひしとわかるのですが、読んでも読んでも、なんか腑に落ちないというか、消化しきれない部分があって、ずっと気になってました。

 今回はそのことについての個人的なまとめです。当該シーンをあらかじめ読んでおくと、すっごいわかりやすくなると思います。


■儀式の成就=第三魔法の成功なの?

 終局特異点のアバンタイトル。マリスビリーとソロモンが二人っきりで話をしています。
 他のサーヴァントを全部始末して、「このあとどうする? いっちょ願望いっとく?」みたいな会話をするシーンです。

 

(マリスビリー)
聖杯戦争は我々の勝利に終わった。
後は君を令呪で自害させれば、儀式は完成だ。
 
この大聖杯に七騎のサーヴァントの魂が満ち、
根源に至るための魔術炉心に灯が灯る。
 
それによって第三魔法はカタチになるだろう。
 
第三魔法は魂の物質化。
 
肉体の枷から逃れた人類は、『有限』が生み出す全ての
苦しみから解放され、新たなステージに向かう。
 
君はそのための犠牲だ。
了解してくれるだろう、キャスター?

『Fate/Grand Order』第一部 終局特異点 アバンタイトル(下線は引用者)

 

 しんでくれる? と頼まれたソロモンは何の抵抗もなく承諾するのですけど(承諾するのかよ)、その直後、マリスビリーは「冗談だよ」と発言をひるがえします。

 

(マリスビリー)
―――いや。冗談だ。冗談だよ、キャスター。
すまない、私も浮かれていたようだ。
 
協力者であり、功労者である君を大聖杯に捧げる気はない。
令呪も使わない。そもそも君には通じない。
 
私は大聖杯を起動させない・・・・・・・・・・・・。
第三魔法など、どうでもいい。
(略)
魂の物質化、人類の成長なんて夢物語には、
はじめから付き合う気はなかったのさ。

『Fate/Grand Order』第一部 終局特異点 アバンタイトル(傍点は原文ママ)


 私、このへんの会話にずっとひっかかりを覚えていまして、折に触れて読み返しておりました。

 何にひっかかるかというと、
「第三魔法、このままいっとく? やめとく?」
 という相談が、重要なこととして扱われている点です。

 引用部を要約すると、こうなるでしょう。

・ソロモンを令呪で自害させたら、英霊七騎の魂が大聖杯に貯まることになるね。
・そうしたら第三魔法が実現しちゃうね。
・人類は次のステージに向かうことになるね。
・だからソロモン死んでくれるよね?
・ごめん、ウソウソ。

 冬木の聖杯戦争のメインシステムを担っているのは第三魔法を部分的に使用できるユスティーツァなんですから、第三魔法が関係あるか、ないかの二択でいえば、関係はあるのでしょう。

 でも、
「冬木の聖杯戦争の儀式が完遂されたら、第三魔法が成就するけど、どうする?」
 という議論は、これまでの関連作品の中にはないものです。

 英霊の魂が七体ぶん、貯まったら、第三魔法が自動的に成就……しちゃうんですか?

 私は、このひっかかりを、
「たとえばマリスビリーは、アインツベルンのコネを使って聖杯戦争の参加資格を手に入れ(衛宮切嗣のように)、コネの代償として、勝利したあかつきには第三魔法の再現を聖杯に願うこと、という条件を与えられていた」
 みたいな想像でおぎなっていたのですが、それもだいぶおかしい。

 なぜなら、この場面で話されているのは、
「(そういう願望を願ったら、ではなく)七騎のサーヴァントの魂が大聖杯に満ちたら第三魔法が形になる」
 という条件付けだからです。

 冬木の聖杯戦争にはそもそもそういう設定があるのでしょうか。あるのだったら私は初耳です。
『Fate/Apocrypha』ではそれに近いことが行われていましたけれど、でもあれって、天草四郎の特殊な魔術刻印を使って大聖杯の機能をむりやり曲げる、という手続きが必要だったでしょう。大聖杯がもともとそういう機械なら、天草四郎は危険を冒して大聖杯の中に飛び込まずに済んだはずです。

『Fate/stay night』で説明されていた聖杯戦争の真意は、
「英霊七人ぶんの魂が座に戻るときのエネルギーを利用して世界の外殻に穴を開ける。その穴を通じて根源へ到達する」
 というものでした。

 FGOのこの場面(引用部)にも、「根源に至る」という表現はありますが、世界の外殻に穴を開けて云々、という説明は一切出てこず、そのかわり、「第三魔法が形になって」という説明があるのです。

 なんだろうなあこれは、と思いながら読み返してみたところ、今まで見逃していた重要なポイントを見つけました。

 上述の引用部にこうある。
「この大聖杯に七騎のサーヴァントの魂が満ち」
「君を大聖杯に捧げる気はない」

 サーヴァントの魂を貯めておく場所を「大聖杯」だというんですね。
 大聖杯に貯める?

『Fate/stay night』では、サーヴァントの魂を貯めておく場所は一貫して「小聖杯」でした。『Fate/Zero』もそうですし、『Fate/Apocrypha』でも同様です。

 大聖杯の役割は、英霊の座へのアクセス、サーヴァントの召喚、令呪の付与といったシステム担当で、サーヴァントの魂を保存するストレージ役は小聖杯が担っていたはず……と記憶しているんですがどうだったろう?

 この齟齬を、「たまたま筆がすべってそう書かれた」あるいは「最終的には小聖杯は大聖杯にアクセスするのでそのことを言っている」のであれば問題はありませんが、もしそうでないならば。

「FGOの冬木の聖杯は、(小聖杯ではなく)大聖杯に英霊の魂を保存する」
 ということになる。

 そうなるとすでにして、
「FGOの冬木の聖杯と、その他Fate関連作品の冬木の聖杯は、構造からして大きく異なる」
 ことになる。

 すでにして構造が異なるならば、聖杯がつくられた大目的が異なっていても、あまり違和感は生じない。
 そんなに違和感がないのなら、語られていることをそのまま鵜呑みにしやすくなる。つまり、

「七体のサーヴァントが大聖杯に貯まると、そのとたん第三魔法が成就して、人類は全員まるごと不死になる」

 FGOの冬木の聖杯は、「そういう機能を持ったもの」。stay night系の各作品とは設定が異なり、「サーヴァント七体の魔力で第三魔法をむりやり成就するもの」ということになる。


■ユスティーツァを疑似聖母マリアにする方法

 ちょっと話が余談にずれますがご免下さい。ご面倒な方は次の項に飛んで下さい。

 私は「第三魔法の魔法使いは聖母マリア。マリアが生んだジーザス・クライストは魂が物質化された存在だった」という説です。
 その件に関しては以下のリンクから始まる一連の記事をどうぞ。
●TYPE-MOONの「魔法」(1):無の否定の正体


 アインツベルンは、再現不可能になった第三魔法を再現したがっている一族で、これは言うなれば「聖母マリアの完全コピーを作成しようとしている」と言い換えられる。
(だからユスティーツァやアイリといった女性型ホムンクルスばっかり作ってる)

 で、冬木の大聖杯というやつは、「第三魔法を限定使用できる例外的なホムンクルス・ユスティーツァをドロドロに溶かして地下空洞の内側にベッタリ塗りたくった」ようなものだと説明されるわけです(私の意訳ですが)。

 ようは、「魂の物質化は、出産のイメージにおいてなされるもの」というフィーリングがあり、ユスティーツァを内側にベッタリ塗りたくった地下空洞は、「ユスティーツァの子宮」であるという見立てができる。

 ジーザス・クライストは、人類史における、初めての「汎世界的な英雄」と言い換えることができます。なにしろイスラム圏ですら、ジーザスを「重要な預言者のひとり」として認めていますものね。

 それと比較したら、聖杯戦争で召喚される英雄は、汎世界的とはいえない。各地方の英雄だ。アーサーはブリテン土着、広めに見積もっても西欧まで。ヘラクレスはギリシャとその影響下にあった諸地方どまり。クー・フーリンはケルト語圏にとどまるでしょう。

 でも、世界というものは、各地方を集めてひとまとまりにしたものだ。

 各地方をひとまとまりにしたのが世界なら、各地方の英雄を集めてひとまとまりの固まりにしたものはどうなるだろう?
 それは「汎世界的な英雄」と同一視しうるものではないか。

 そこで、本稿の話につながる。各地方の英雄を七人、呼び集めて、その魂をまるめて「大聖杯に」蓄積する。

 それは、「世界英雄」に等しいものが、ユスティーツァの子宮に収まっているという見立てになる。

 そして聖母マリアの子宮にはかつて、世界英雄ジーザスが収まっていたのです。
 じゃあ今、世界英雄(に等しいもの)が子宮に収まっているユスティーツァは何だろう?
 それは、「聖母マリアに等しいもの」と見立てられるのではないでしょうか。

 かりに、聖母マリアの正体が、第三魔法をフルスペックで扱える「第三魔法の魔法使い」であったとしたら。
 いま聖母マリアと魔術的に同等のものになったユスティーツァは、第三魔法をフルスペックで扱えるはずである……。

 だから「英霊の魂を大聖杯に貯める」という構造のFGOの聖杯は、小聖杯に貯めるstay nightの聖杯とは異なり、第三魔法の直接的な成就を可能とするのである。

 ということを考えたという余談。


■ニワトリとタマゴ

 ということでこの話、
「FGOの冬木においては、サーヴァント七人が大聖杯に蓄積されると、自動的に全人類の魂が物質化され、その後いっさい死ななくなる」
 というもの凄い仮定をとるわけですが。

 自分で論じておいて何ですが、そうじゃなくても事象は説明できるよね、という話もしておきます。

 最初に挙げた引用部において、マリスビリーは、「七騎の魂が貯まったら根源に至れるよね」という話も出しています。

 

(マリスビリー)
この大聖杯に七騎のサーヴァントの魂が満ち、
根源に至るための魔術炉心に灯が灯る。
 
それによって第三魔法はカタチになるだろう。

『Fate/Grand Order』第一部 終局特異点 アバンタイトル(下線は引用者)


 この部分、「根源に至ったら第三魔法は成立するよね」という話をしているように読めるから、やっぱり、英霊の魂を弾丸として撃ちだして、世界に穴を開ける計画はあるんじゃないのと思えます。

 世界に穴をあけて、根源へのパス(経路)を通したら、第三魔法はそれで成就しそうです。なぜって、第三魔法が実現できない理由は、オリジナルの第三魔法使いが持っていた根源へのパスを見失ったからだと推定できるからです。
 ユスティーツァが根源へのパスを通すということは、切れた第三魔法のパスをつなげ直すという意味になるから、第三魔法はふたたび実現できるようになるでしょう。

 stay night系統のアインツベルンが、冬木の聖杯戦争を主催している理由もそれかもしれませんね。最後に勝者となるのが誰であろうとも、儀式さえ完成すれば、第三魔法は再獲得されるという条件付けになっている。
 こっちの考え方でいいんじゃない? と思う方は、こっちの考え方に深くうなずいて下さい。

 だけど、私の好みの話をするなら、「FGOの冬木の聖杯は第三魔法をダイレクトに実現する」というアイデアのほうに、魅力を感じます。

 理由はいくつかありますが、そのひとつに、「マリスビリーが引用部で語っている根源接続の話は、「第三魔法ダイレクト実現説」のほうでも説明がつくってことがあります。

「根源へのパスを通せば(原因)、第三魔法は実現できる(結果)」って話をしました。

 その逆もいえそうです。
 大聖杯に蓄積された英霊の魔力をぶんまわし、「ユスティーツァは構造的に聖母そのもの」という見立ての魔術を使って、第三魔法を力わざで実現する。

 魔法は根源とのパスを通すことで獲得されるものなので、第三魔法が実現したということは、根源とのパスが通ってないとおかしい。
 だから、第三魔法が実現すると(原因)、根源とのパスが通る(結果)。

 根源へのパスが通ったということは、根源へ至ったということだ。

 いっけん全く同じに見えるふたつの聖杯戦争だけど、『FGO』と『stay night』では、手段と目的がまるっきり転倒している。
 まるっきり転倒しているが、最終的に得られるものはまったく同一である。

 こういう転倒に、魅力を感じるのです。この手のひっくりかえしの理屈、TYPE-MOON作品には頻出するよね。大好き。

 ただし、こっちの話を採用するのなら、「なんでわざわざ転倒させたの?」という検討が必要となってきます。


■ソロモンを殺す殺さない分岐

 その理由は、

「(1)ソロモンを大聖杯に捧げると(2)世界の外殻に穴が開いて(3)根源へのパスが通って(4)魂の物質化が実現する」

 ではなくて、

「(1)ソロモンを大聖杯に捧げると(2)魂の物質化が実現する」

 というふうに、原因と結果を近づけたかった。語りの側からの要請だと思います。

 なんでこのような話をえんえんしてきたかというと、「ソロモンの死」と「全人類の救済」がバーターになってることが美しいと思うからです。

 このシーンは、二択の歴史分岐点です。

 ソロモンを令呪で自害させると、ソロモンの魂は大聖杯に回収され、大聖杯は人類の魂を物質化します。自害させなければ、そうなりません。

1)ソロモンを殺せば、人類は死を克服する。
2)ソロモンを生かせば、人類は死を克服しないので、ゲーティアが人理焼却を起こす。

(ゲーティアが人理焼却を起こした理由は、何千年たっても死を克服しない人類に見切りをつけて、死なない人類を一から再創造しようと思い立ったからでした)

 ソロモンの生死と、人類の興亡が直結しているところが美しい。

 このシーンの語りが目指していたことは、この二択の構造をくっきりさせることでした(でしょう)。「ソロモンを殺せば魂が大聖杯に送られ世界の殻に穴があいて根源のパスが通って人類は死を克服する」ではなく「ソロモンを殺せば人類は死を克服する」。

 マリスビリーは、上述の二択において、後者を選んだ。「ソロモンを自害させない。人類は死を克服しなくてよい。なぜなら私は自分の方法で根源に到達したいし、私なりの方法で人類を救済するからだ」。

 

(マリスビリー)
私は、我ら天体科を司るアニムスフィアは、
独自のアプローチで根源に至らなくてはならない。
 
魂の物質化、人類の成長なんて夢物語には、
はじめから付き合う気はなかったのさ。
(略)
私は何を犠牲にしても、カルデアスを真に起動させる。
人理を維持するためには、どうしてもアレが必要だからだ。

『Fate/Grand Order』第一部 終局特異点 アバンタイトル

 

 マリスビリーが、ゲーティアの人理焼却計画を知っていたかどうかは不明です(知らなかったと思う)。

 この直後、マリスビリーとソロモンはそれぞれ個人的な願いを聖杯で叶えますが、叶えた直後、ソロモンは人理焼却の光景を未来視してしまいます。おかげで、せっかく人としての生を手に入れた彼は、その人生のすべてを人理焼却の克服に費やすことになります。

 ソロモンが千里眼で人理焼却を見てしまうのは、従来の考えでは、

1)カルデアス完成と地球白紙化が確定したので、その前に人理焼却しようとゲーティアが決断するから

 でした。それに加えて、

2)人類が死を克服しないことが確定したから

 これも考慮に入れてよさそうです。

 地球白紙化が確定するのは、マリスビリーが巨万の富を望んでカルデアスが完成するからです。「巨万の富を望んだ」が分岐ポイントです。
 一方、「人類が死を克服しない」が確定する分岐ポイントは、「マリスビリーがソロモンの自害を命じない」です。
 マリスビリーが「ソロモンの生存」と「巨万の富」の両方を同時に選択しないかぎり、人理焼却は起こらないっぽいです(少なくとも2016年には起こらない可能性が高い)。

 この「終局特異点アバンタイトル」の場面には、重要な歴史的選択がふたつある、ということになりますね。


■解釈変更という名の歴史改変

 終局特異点のアバンタイトル(ここで扱っているシーン)において、マリスビリーが、
「自害しろ、キャスター。……あっ、ウソウソ。冗談だってば」
 と述べたことに、ソロモンは驚いています。

 

それは私にも意外な展開だった。
 
マリスビリー本人は意識していないが、彼の人生において、
彼が冗談を口にしたのはこれが最初で最後であり、
 
彼の思惑が、私の見たものと解釈が違っていた事も、
予想外の出来事と言えただろう。

『Fate/Grand Order』第一部 終局特異点 アバンタイトル(下線は引用者)

 

 ソロモンは千里眼を持っていて、過去のことは視ようとすればわかっちゃうし、未来のこともわりと分かる。

 そのソロモンが、「マリスビリーは今まで冗談を言ったことがないし、今後も言うことがない」とする。そして、「今、冗談を言ったという事実にビックリした」。

 ソロモンが「マリスビリーは冗談を言わない」と強く保証する中で、「今、マリスビリーが冗談を言った」という事実がある。となるとこれは、
「マリスビリーにとって、これは、絶対に言わなければならない必然的発言である」
 と考えなければならない。

 その「マリスビリーが絶対に言うしかなかった必然的発言=冗談」はこうです。

 

(マリスビリー)
後は君を令呪で自害させれば、儀式は完成だ。
(略)
それによって第三魔法はカタチになるだろう。
(略)
君はそのための犠牲だ。
了解してくれるだろう、キャスター?

『Fate/Grand Order』第一部 終局特異点 アバンタイトル

 

 一言につづめれば、「第三魔法を成就させるために自害してくれキャスター」という発言を、マリスビリーは絶対に言う必要があった。

 なんでさ。

 ソロモンは引用部でこう言っている。
「彼の思惑が、私の見たものと解釈が違っていた」

 これ、何のことか意味をつかみかねていたのですが、こういう意味じゃないでしょうか。

 ソロモンは千里眼で、マリスビリーが何を言うか知っていた。
「第三魔法を成就させるために自害してくれキャスター」と言い出すことを知っていた。
 そこまでのことが、千里眼で見えていた。

 なのでソロモンは、「ああ、マリスビリーは、第三魔法のために私に自害して欲しいのだな」と解釈していた。

 ところが、直後にマリスビリーが「いや、冗談だよ、キャスター」と前言を撤回したので驚いた。

・ソロモンは「自害しろキャスター」という未来を視たので、マリスビリーは自分を自害させたがっていると解釈した。
・でもそうではなかった。
・「自害しろキャスター」という発言は、事実として存在するが、
・「自害させたがっている」という解釈は解釈違いだった。

 ここで「解釈」という、FGOでは注意深く見なければならないワードが登場しました。「解釈の変更」は、歴史改変の可能性を問う議論のときにほぼ必ず出てくる言葉です。起きたことは変えられないが、解釈は変えられる、とFGOは言うのです。

「人物Aが死ぬという事実は変えられないが、どういう理由で死んだかは解釈変更が可能である」
 誰かに殺された、という物語を、人知れず行方不明になったと変更することはできますよとFGOは言う。なぜなら当該人物がこの世から消えるという大筋のストーリーは変わらないからだ。

 マリスビリーがまさにそのことをこの場面で言ってます。

 

(マリスビリー)
私は巨万の富を願う。
では君は? 君は何を願う?
 
過去の改ざんは不可能だが、解釈替えくらいはできる。
それとも受肉して第二の生を望むのか?

『Fate/Grand Order』第一部 終局特異点 アバンタイトル(下線は引用者)

 

・事実は変えられないが、事実の解釈変えはできる。
・ソロモンは、解釈の齟齬を自覚した。

 なら、まさにこのポイントで、
「解釈変えによる過去改変があった」
 と疑わなければならない。

 でも誰がどうやって? 何のために?

 ソロモンが自覚した解釈の齟齬は、

・マリスビリーはソロモンの自害を要求した(a)。
・マリスビリーはソロモンの自害を要求したが、それは冗談だった(b)。

(a)から(b)への変更だから、自然と以下のようになる。

・マリスビリーはソロモンを自害させ、全人類の魂が物質化する未来を選んだ(歴史a発生)
・選んだ未来を見た結果、幻滅して、「こりゃダメだ、やり直そう」と思った。
・モルガン式レイシフトでタイムスリップ。自害ポイントに戻ってきた。
・こんどは「ソロモンを自害させない」を選択した(歴史bに分岐)。

 マリスビリーはレイシフト技術の第一人者です。そして、魂が物質化された世界にはあまるほどエネルギーが満ちあふれているので、巨万の富を願わなくともカルデアスは完成する。カルデアスがあればレイシフトは容易だし、この場合レイシフト先にはマリスビリー本人がいる。
 魂が物質化されていたら人類はすでに救済されているので、地球白紙化を起こす必要はないが、「なんかこの世界、ダッセぇ」かなんか思って戻ってやりなおした。

 ソロモンは「自害しろキャスター」発言を千里眼で見ているので、マリスビリーが「自害しろキャスター」と発言するところまでは事象が確定してしまっている。
 なのでこの発言は、絶対に言う必要があった。
 言わなかったらその時点で歴史改変が察知され、修正力が働きますものね。

「自害しろキャスター」と発言したうえで、ソロモンを自害させないためには、冗談だとごまかすほかなかった。

 そして、歴史aでも歴史bでも、大づかみな事象は変わらないのです。

●歴史a
「自害してくれ」「いいよ」という会話がなされる。
(ソロモンは自害して)ソロモンは消滅する。

●歴史b
「自害してくれ」「いいよ」という会話がなされる。
(ソロモンは死なないがロマニという人間になるので)ソロモンは消滅する。

 ソロモンがこの世から消える、という事象に対して、「自害した」のか「人間になった」のか、という解釈変更をする。

 これで、世界は歴史改変を認知しないので、改変された歴史が改変されたまま続くことになる(よね?)。


■ロマニはこの世にあるべきか、あらざるべきか

 ここまでしてきた話が、もしOKだとすると、ひとつ問題がでてくる。それは、

「Dr.ロマン=ロマニ・アーキマンが存在すること」と「人理焼却を発生させないこと」が、トレードオフの関係になってしまうことです。

 トレードオフというのは、「一方をとったら、もう一方はとれない」という関係のこと。

 我々の大好きなDr.ロマンがこの世に存在するということは、ソロモンが自害しなかったということなので、全人類魂物質化が起こらなかったということであり、人類が死を克服しないのでゲーティアが人理焼却を起こす。人理焼却が起こった原因はDr.ロマンが存在したことだ。

 もしこの世にDr.ロマンが最初から存在しなかったら?
 それはソロモンが自害したという意味なので、全人類の魂が物質化して、死が克服され、ゲーティアは人理焼却を起こさない。人類はすでにして救済された状態にあるので、マリスビリーもここからいちいち地球白紙化を起こさない。

 どっちか片方選べるならば、後者のほうが利がはるかに多いのでは……。

 後者のほうのデメリットは、みんな大好きDr.ロマンが、最初からいなかったものになるという、我々の感情面のものだけだ。言い換えれば、Dr.ロマンひとりを人柱に捧げることで、全人類のすべての問題がまるくおさまる。

 もし仮に、この物語が、

「ソロモンを自害させるかさせないか、あなたに選ばせてあげるけど、どうする?」

 という選択肢を選ばせにきたらどうしよう?

 本人が、「人類のためなら、よろこんで生け贄になろう」と言いそうな人格なのが、また……。

 もちろん、私たちは、ドラマツルギー的にいって、「Dr.ロマンがいたほうがいいに決まってる! 人類の問題はこれからなんとかする!」と啖呵をきることになる。当然そうですね。

 我々は「ソロモンを決して自害させない」を選ぶわけです。

 それと同じ選択肢をつきつけられて、我々とおんなじ選択をした人が、物語上にすでにいた。


■ソロモンの生存を願った男

 マリスビリー・アニムスフィアは、「ソロモンを自害させる?」「させない?」という選択肢が画面に出てきたなかで、「させない」を選んだ人だ。
(まあ、「とりあえずCG回収」とか言って、「自害させる」のほうを選んだ後かもしれないが)

 それは本人が言ってるとおり、「自分の力で根源に到達したい」「他人の計画で人類が救済されるなんてしゃくだ」という理由が大なのかもしれないけど。

「ソロモンは友達だから自害させるなんて選べないよ」という素朴な理由もあったんじゃないかなあという気がする。本人もそれに類することを言っているし、あれはわりと本心かもしれない。

 見るからに孤独そうなマリスビリーにとって、ソロモンは、人生で初めてくらい「コイツと友達になってもいいな」と思う相手だったんじゃなかろうか。

 マリスビリーに弟子はいたでしょう。慕う人も少なくなかっただろう。でも、友はいなかったんじゃないかと思う。

 友がいる人間は、全人類を消去して地表を更地にするなんてこと実行しない。もし実行するとしても、友人を残すか、同志にすることを考えるでしょう。
 実の娘はどうなんだ、という話については、魔術師の世界では子供は家の所有物だそうです。

 いまのところ、マリスビリーに同志はいなかったと推定される。彼はたったひとりで全てを計画して実行したはずだ。

 そんな彼のところに、ソロモンが現れる。同じ目的のために、共に戦ってくれた。

 マリスビリーは自分の計画をソロモンに明かしていたわけではもちろんないけど、「裏も打算もない味方が隣にいてくれる」という体験が、孤独なマリスビリーをゆさぶった可能性はあると思う。

 ひょっとしたら、友の死とひきかえてまで人類を救済したくなどない、というありきたりの美しい感情があったかもしれない。

 とはいっても地球を白紙化したらソロモンは消滅するじゃないか。という点についてはこう思う。
「友を殺すとしたら、それは他人の仕掛けによるものであってはならない。自分の手でだ」

 

(マリスビリー)
我が契約者にして唯一の友、キャスター。
いや、魔術の王ソロモンよ。

『Fate/Grand Order』第一部 終局特異点 アバンタイトル(下線は引用者)

 

 こういった想像をするならば、「ソロモン=ロマンをだいじに思う」という点で、マリスビリーとぐだの思いは合流する。

「裏も打算もない味方が隣にいてくれるって、なんてすばらしいことだろう。彼らは私の心からの友だ」
 というのは、ぐだがサーヴァントに思っていることそのものではないか。

 いちミリも共感できない強大な敵をボコボコにして倒したとして、それは怪獣退治に成功したようなもので、胸はすくけど心は揺れない。
「気持ちはわかるよ、気持ちはちょっとくらいは分かるけど、でもそんなのダメだろ!」
 というのが、心をゆさぶる物語なのだと思うのです。私はそういう物語をよしとするので、私がぐだとマリスビリーとの間に交錯ポイントをつくるとしたらここです。そんな感じでした。この話は以上です。


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