[さいごのかぎ]Townmemoryの研究ノート

創作物から得た着想を書き留めておくノートです。現在はTYPE-MOONを集中的に取り上げています。以前はうみねこのなく頃にを研究していました。

【お題回答】関東大震災/アニメ版の情報量

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 Ep5当時に執筆されました]

     ☆

「次回は推理が載っているはずです」と宣言しましたけれど、いまいち推理として成立しきらない、半エッセイ的なものをお送りします。
「雑多な想像」シリーズです。自分の真相推理として本気で採用しないかもしれないけれど、いろいろ想像して可能性をさぐっていく。そういう軽いエントリです。

 以前、コメント欄で、これについて考えて欲しいという「お題」をいただいていましたので、今回はそれにお答えしてみようという趣旨です。あの、例によって、たいした内容ではないので、あまり期待しないで下さい。


●右代宮邸本館は新築なのか?

 過去のエントリで、さりげなく「推理のお題」を募集したところ、
「関東大震災とうみねこは何か関係ないか?」
 という出題をいただきました。

 それで思いついたのが、右代宮のお屋敷、本館のこと。

 あのお屋敷って、金蔵が新築したものだったのかなあ? という疑問を、ちょっと持っていたのです。
 ひょっとして、歴史的な西洋建築を買ってきて、移築した可能性があるんじゃないかなあ、というお話です。

 移築というのは、ひょっとしてなじみのない方もいるかもしれませんが、ある場所に建っている建物を、分解して、別の場所にはこび、また組み立てる。ようするに建物を運んでいって別の場所にどかっと置く。そんなことです。
 フランク・ロイド・ライト設計の帝国ホテルは、もとはもちろん東京にあったわけですが、いまは確か、愛知県の山奥にあるそうです。

 そこで。
 たとえば、
「関東大震災を耐え抜き、東京大空襲をも生き延びた歴史建築」
 というのが、どこかにあったとしたら、それは「奇跡的な確率で生存した建築」といえるのではないだろうか。
 そういう建物は、金蔵のルーレット理論……「確率の魔法」の理論からすると、とても「魔術的価値が高い」と言えそうなんじゃないだろうか。
 金蔵翁のキャラクター的に、そういう建物を彼は欲しがりそうな感じがするのです。金蔵翁は、「関東大震災を生き延びた」ことによって家督を継ぎ(本家は震災で全滅)、「戦中戦後をうまく立ち回った」ことで富を得た人物です。そのふたつのイベントをうまく生き延びたことは、彼が「確率魔術の権化」になっていく重要な要素のような気がします。
 そういう彼が、「確率魔術の要塞」としての「右代宮邸」に住んでいたら、魔術論としては完璧っぽいのです。

 かりにこの想像をOKだとすると、何が変わってくるか。
 それは、
「右代宮のお屋敷本館に、隠し通路が存在する可能性が著しく下がる」
 ということです。
 そうですよね、だって、もとの持ち主がこの建物を建てさせたときに、すでに隠し通路があってくれないと、あとから作り足すのは、不可能ではないけどちょっと難しい。

 床下方向に降りる隠し通路はなんとか作れそうな感じもしますが、壁の一角がギーッと開くようなタイプの通路はほとんど無理でしょう。
 この移築説をとると、3階にある金蔵書斎に隠し通路を想定するのは、ほとんど無理になってしまうかな。
 玄関ホールのベアトリーチェの肖像画の裏に隠し扉がある、というような想像も、難しくなってしまいます。


 これは、自分的に、けっこう困った推理です。

 というのは、わたしは古い建物が好きなので、右代宮邸は歴史的建築であってほしいのです。ロマンがみたされて、嬉しくなります。

 けど、隠し通路は存在してほしいのです。隠し通路はロマンです。わたしはカリオストロの城が大好きなのです。ラピュタや千尋よりずっとずっと好きだ。
 現状、わたしの推理では、金蔵の書斎に隠し通路なんか、まったく存在しなくてかまわないのです。
 でも、必要全然ないけれど、あってくれたらとても嬉しいのです。玄関ホールの、ベアトの肖像画か大時計の裏に隠し通路があってくれたら、いわくありげな大富豪の豪邸のギミックとして、ベタに嬉しくなりませんか。


 こういうとき、わたしのとる態度はきまっていて、
「べつにどっちを採るでもなく、ぼんやりと放置しておく」
 です。べつに決めなくて良い。右代宮邸は歴史的建築かもしれないし、隠し通路はあるかもしれない。おいしいところだけいただいておく。それが、「想像という能力」のゆたかなつかいかただとわたしは思っています。

 でも、「金蔵の書斎に隠し通路は存在しない」と決め打ちしたい方は、よかったら根拠のひとつとして取り入れてみてください。この手のアクロバチックな推理展開は実は好みです。


 もうひとつ、同じ方から、ep2で譲治と紗音がデートした沖縄の水族館は当時まだなかったのでは……というお題もいただきましたが、「あれは美ら海水族館によく似ているが、美ら海水族館ではない」か、「ep2の世界は、1986年当時にすでに美ら海水族館新館が存在するという平行世界だ」ということで良いかなという気がします。

 わりと有名な話で、「村上春樹の小説はVWビートルにラジエーターがある平行世界だ」というのがありますけど、それとおなじ。
 楼座少女時代の「パンダ問題」(当時パンダは来日していない)も、これとおなじだと思って良いと思います。

 でも、旧館でよければ、我々の世界でも、1986年にあの水族館は存在しますね。



●アニメ版で省略されている描写はノイズなのか?

 アニメ版はネット配信で見ていますが、良く出来ている。わたしの評価は高いです。

 もちろん、いくつか「うっ」と思う部分がないではないけれど、そもそも『うみねこ』はさまざまな点で映像化がむずかしいと思えるわけで、その中でよくやっている。きちんとエッセンスはとらえて、劇としての流れをつくっています。

 このアニメは、尺との戦いですね。2クール(26話)でep4までを消化する、というのは、動かせない絶対条件だったのでしょう。
『うみねこ』が仮にep8まであるとすれば、第二シーズンをやって、全4クール52話。これはパッケージDVDとしては最大限の尺です。これ以上長くは、できません。

 たとえば、2クール26話で、ep2までを消化する、という余裕のある尺だったとする。これならかなり原作の描写を拾えます。全部入るかもしれませんね。でも、そんなロングシリーズのDVD、誰も買いつづけてくれませんよ。
 それにたぶん、そこまで展開が鈍重だと、テレビ放映の時点で視聴者があきます。テレビは基本的にテンポよく、次から次へと事件が起こらなければならない。毎回次々に事件が起きて、ひとつひとつの問題をじっくり考えるひまがないという、いまの形は、テレビ番組のつくりとしては正しいのです。
 現状、1エピソードに6~7話数を使っていることじたいが、すでにしてもう長いともいえます。たしか『金田一少年』は、4話で1エピソードくらいでしたっけ?

 そのように、総尺に大きな制限がある以上、原作にあった描写がいくつか落ちていくのは、やむをえないことといえます。


 さて。
「原作にはあるのにアニメ版では省略されている描写は、うみねこの本質には大きくは関係しない」のではないか。そんなお題をコメントでいただきました。

 正直、真正面から取り上げたくない話題でした。というのは、わたしの推理上、かなり重要な情報が、アニメ版では落ちているのですよね……。

 具体的にどの描写かというと、それはep2です。
 郷田の名ゼリフ、「この郷田を信じろとは申しません、紗音さんを信じていただくわけには参りませんか」。
 これがカットされておりまして、かなりショックでした。
 犯人=朱志香は、この郷田のセリフをきいて、残りの殺人のターゲットを変更したんだ、という推理をとっているのです。使用人室で、本来は郷田と紗音を殺す計画だったけれど、この「愛にあふれたセリフ」をきいて、殺しにくくなった。それで後まわしにすることにした。とりあえず熊沢と南條を殺した。そういう流れを想定していたのです。

 参考→犯行告発ep2・サファイア・アキュゼイション2

 さて、自分の推理上重要な、そんな描写がアニメ版ではカットされていた。
 つまり、この描写は重要なものではない。
 よって、この描写を重視することで成り立つ推理は外れている……。

 というような考え方をわたしがしているかというと、していません。いぜんとして、「郷田発言に触発されて、犯人は殺害計画を変えた」という推理を支持したままでいるのです。
 根拠になる描写が、アニメでカットされていたからって、別にいいじゃないっていう感じ。
 みもふたもなくいうと、こう。「アニメは、推理上重要な情報が落ちている場合がある」。
 たぶん、それは劇としての成立感を上げるため。

 そもそも、原作のゲームじたいが、「推理が可能であることを保証しない」と宣言している作品なのでした。そのアニメ化もまた、そうであることは、必然なのです。
 そういえば『最終考察うみねこのなく頃に』に掲載されたインタビューで、竜騎士07さんは、「アニメで推理の楽しさは味わえるのか」という質問にYesと答えていますが、「アニメでゲームと同等の結論に到達できるのか」ということは、保証していないのです。でも、前者の質問って、なんとなく、アニメでも推理が可能だというような印象にきこえますよね。竜騎士07さんという人は、この手の印象操作をこのんで使う人だと感じています。

 閑話休題。もしくは、こういう言い方でもいいかな。
「アニメの情報でも、だいたいの真相は言いあてることができる。けれど、より深く、完全な整合を得るためにはゲームの情報が必要」
 まあ、当然ですよね。情報量が違うのだもの。

 たとえば。わたしは基本的に、朱志香犯人説をとなえているわけですけれど、たぶん、アニメの情報だけで、「朱志香が犯人だ」という推理には、じゅうぶん到達できると思います。
 たぶん、動機の推理も可能じゃないかな。
 でも、「このエピソードのこの局面で、朱志香はこう思ったからこういう行動をとったのだ」という細かい推理までは、とても無理です。

 でも、それで良い。アニメは「犯人を指名できて、動機もだいたい感じ取れる」というくらいの落としどころをめざしてつくられてるんじゃないかな。そんなくらいの、受け取り方をしています。
 そこまで推理ができるのなら、「アニメで推理は可能」と言って、さしつかえないと思いますよ。


 アニメ版は、ゲーム内の情報が、いくつもカットされている。カットされたのは重要な情報でないからだ。というアプローチのしかたは、したくなる気持ちはわかるけれど、なんというか楽しくないような気がします。あまりそういう方向に考えを向けない、というのが、いちばん良いんじゃないかな……。そのアプローチは、推理小説を読んでいて、
「この厚みの段階で明かされる真相はほんとうの真相じゃないな」
 と考えるのに、少し近いような気がします。


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